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#恋愛
ばたっちゅ
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#ファンタジー
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オーガの大斧が、容赦なく振り下ろされる。
ぶつかり合うのは鉄と鉄。
盾面で火花が散り、そのたびに甲高い金属音が洞窟の奥まで突き刺さった。
ガァン! ガァンッ!
衝撃が腕から肩、背中へ抜けるたびに、オットーの足はじり、じり、と後ろへ削られていく。
(……ちくしょう)
荒い息が漏れる。額から汗が垂れ、顎の先で一度たまってから、ぽたりと地面に落ちた。
(こいつ、十階層の奴とは違って速ぇ)
十階層で戦ったオーガが一瞬だけ脳裏をよぎる。あの鈍重さは、ここにはない。
眼前の巨体が斧を振り下ろし、振り上げ——その軌道が、ほんの一拍だけ乱れた。
一瞬。
ひと呼吸に満たない、わずかな隙。
(——今だ!)
「《阿修羅・二連》!!」
オットーの大斧が、爆発でも起きたかのように加速した。
一撃目——
オーガの大斧の腹を横から叩きつけ、軌道をねじ曲げる。
ガキィン!
凄まじい衝撃に、オーガの巨体がのけぞった。
すかさず、二撃目。
斬撃の軌道がわずかに捻じ曲がり、今度は斧ではなく、その“持ち手”——右腕へと吸い込まれていく。
(まずは、斧を持てなくしてやる……)
肉を裂き、骨を砕く、生々しい感触が柄を握る手に伝わる。
ぶちり、と嫌な音を立てて——
オーガの右腕が、肩口から吹き飛んだ。
「ぐぅおおおおおお!!」
血飛沫が噴き上がる。大量の血が地面を叩き、鉄臭い匂いがむっと立ち込めた。
咆哮が大穴に響き渡る。空気そのものがびりびりと震えた。
オットーは汗まみれの顔で、にやりと口角を吊り上げる。
「へへっ……ざまぁみろ」
——次の瞬間だった。
吹き飛んだはずの右肩が、ぼこり、と不自然に盛り上がる。
肉の断面から泡立つように筋肉がせり出し、骨が伸び、皮膚が追いつく。
ぼこ、ぼこぼこぼこ——。
まるで時間を巻き戻す勢いで、ちぎれた腕が瞬く間に再生していった。
「……はぁ!?」
オットーは素で声を裏返らせた。
オーガはニヤリと口角を吊り上げると、血に濡れた新しい腕で、何事もなかったかのように大斧を拾い上げる。
その光景に、オットーは乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「はっ、はは……ちょっとは、手加減しろよ?」
返ってきたのは答えではなく、殺意だけだった。
——ヒュッ。
大斧が、さっきまでのそれとは別物の速さで振るわれる。
重さを感じさせない切っ先が、ナイフのような鋭さでオットーの首筋をなぞりにくる。
「っ……!」
オットーは盾を前に突き出した。
「《シールドバッシュ》!」
盾面と刃がぶつかり合い、火花が散る。
だが、今度は押し返せない。
斧の圧力に押されるように、オットーの足がじり、じり、と後退を強いられていく。
(くそっ……振り出しに戻っただけかよ)
重い一撃が、ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
そこから先は、一方的な時間だった。
オーガの斧が、サンドバッグを叩き続けるみたいに容赦なく盾を打ち据える。
衝撃が腕を痺れさせ、肩を軋ませ、背中を壁へと押し込んでいく。
ついには背後に岩壁の硬さが触れた。
逃げ道は、もうない。
「……っぐぅ」
オットーは壁に片足をかけるように踏ん張り、全身で盾を支えた。
押し潰されそうな圧力に歯を食いしばる。
(へっ……笑えるな。十階層じゃあ、俺がシールドでオーガ潰してやったってのによ……今度は逆に、俺が潰されそうじゃねぇか)
目の前で、オーガの大斧が再び振りかぶられる。
受け止めた盾の表面に、ぱち、ぱち、と細かなひびのような光が走った。
——盾の耐久が、限界に近い証だった。
(盾も、やべぇ……)
さらに一撃。
岩壁ごと叩きつけられたような衝撃に、オットーの視界が一瞬白く染まる。
(……阿修羅もだ。練習での最高連撃は三回。そこまでやると、必ず意識を飛ばしてぶっ倒れる)
額から汗が流れ落ちる。呼吸は荒く、肺が焼けるようだった。
上空。
吹き抜けになった天井近くで見下ろしているエリーは、弓をぎゅっと握りしめていた。
今にも援護の矢を放てそうな指に、白い力がこもる。
「……ぐぅう」
歯の隙間から漏れた唸り声は、怒りとも悔しさともつかない音だった。
(ムカつくぜ……)
斧が叩きつけられるたび、だらしなく突き出た腹が揺れる。
酒が抜けた今は、手が小刻みに震える。
足首には、少しでも無理をすれば悲鳴を上げる痛風の予感。
(たかがオーガに……いや、違ぇな)
ぐっと奥歯を噛みしめる。
(ムカつくのは、こいつじゃねぇ。俺自身だ……!
だらしない腹。酒がねぇと震える手。痛風持ちの足。
俺は今まで、何してきた……? 何をサボって、何から逃げてきた……?)
胸の奥でじりじり燃えていたものが、一気に火柱みたいに噴き上がった。
「——やるなら今だろうが!!」
吠えるように叫び、オットーは盾を押し返す。
大斧の軌道が、ほんのわずかに上へ逸れた。
「《阿修羅・六連》ッ!!」
次の瞬間。
一撃目。
オーガの振り下ろした斧を、横薙ぎの一閃が叩き払う。火花と衝撃音が洞窟に弾けた。
二撃目。
すでに振り抜き終わった斧の死角を潜り抜け、逆袈裟に右腕を打ち裂く。
ぶちっ——と嫌な音がして、筋肉と骨ごと、大斧を握っていた腕が吹き飛んだ。
オーガの咆哮が洞窟を揺るがす。
「ぐぅおおおおおお!!」
三撃目。
まだ叫び終わらぬうちに反対側へ回り込み、左腕の腱ごと斧を握る力を断ち切るように叩き込む。
ぶらり、と垂れ下がる左腕。
巨体が、初めて不安定によろめいた。
四撃目。
オットーは地面を蹴り、巨躯の懐へ飛び込むと、首筋めがけて渾身の一撃を叩き込んだ。
「もらったぁぁーー!!」
ギィイン——!
金属同士がぶつかったような、耳障りな音が鳴る。
オーガの首に、紙一枚ほどの深さの裂傷が走っただけだった。
(……ムカつくぜぇ。首も、かてぇのかよ)
五撃目。
怒りを乗せた斧が、同じ場所をなぞるように振り抜かれる。
今度は肉が裂け、赤黒い血が滝みたいに噴き出した。
六撃目。
さらに追い打ちをかけるように同じ一点へ斧を叩き込む。
骨がきしむ鈍い感触が、柄を通して腕に伝わった。
オーガの表情に、一瞬、はっきりとした「恐れ」が浮かぶ。
だがそれもすぐに、余裕を含んだ笑みに上書きされる。
首は、あと一歩のところで繋がったままだった。
巨体はまだ倒れない。
再生の気配すら、じわりと傷口の奥から滲み始めていた。
オットーは肩で息をしながら、目前の巨体を睨み据える。
(ちくしょう……まだ、足りねぇか……)
ずるり、と。
オーガの裂けた首筋が、ありえない速度でうねり、肉と骨を盛り上げていく。
さっきまで深く刻んだ傷が、みるみるうちに塞がり始めた。
その光景を見て——ふと、オットーは気づく。
(……ん?)
息は荒い。膝も笑っている。
だが、脳が真っ白になって倒れていた、あの「限界」の感覚はどこにもない。
(……俺、意識があるぞ?)
次の瞬間、オットーの口元に、ゆっくりと大きな笑みが広がっていく。
「がははははは、わかっちまったぜぇ」
乾いた笑いではない。
底の底から煮え立った何かが、そのまま声になったような豪快な笑いだった。
(この力の——いや、この“呪い”の源泉は、怒りだ)
オットーは胸の奥で燃えているものに、はっきりと名前を与える。
(スキルを分割する、繊細で研ぎ澄ました状態に……俺の怒りを、ぶつけてやればいい)
再生しきろうとしているオーガは、目を白黒させていた。
さっきまで押し潰されかけていた相手が、今や笑いながら斧を構えているのだから、無理もない。
「……俺がなぁ……」
喉の奥からしぼり出すような声だった。
「人生で一番ムカついたのはなぁ……」
額を流れ落ちる汗と一緒に、古い記憶がにじみ上がる。
祭壇。闇。こっちを向いて笑った二人の仲間。
何もできないまま、ただ見ているしかなかった、自分自身。
「阿修羅のために、生贄になった二人をなぁ……」
声が震えた。
怒鳴っているはずなのに、その奥に、幼い嗚咽が混じる。
「指くわえて見送って、尻尾巻いて逃げ出した——」
あのとき背を向けた瞬間の情けなさ。足の震え。
逃げるたびに、少しずつ腐っていった自分。
「俺自身への怒りなんだよぉおお!!!」
最後の一声は悲鳴に近かった。洞窟じゅうの空気が震える。
その芯には、失ったものの重さと、自分への憎しみが詰め込まれていた。
「《阿修羅・二十連》!!」
叫んだ瞬間、オットーの両眼がぎらりと赤く光を帯びる。
同時に——その巨体が、視界からふっと掻き消えた。
次の瞬間——オーガの首元に、「それ」が叩き込まれた。
ぼすっ——という鈍い音と同時に、空気が爆ぜる。
一撃目で分厚い首の筋肉がぐにゃりと歪み、衝撃波が洞窟の壁を震わせた。
二撃、三撃、四撃——。
ひと振りごとに目には見えない暴風が巻き起こり、オーガの巨体がぐらりと揺れる。
飛び散った血飛沫が、遅れて線を引いて空中に残った。
やがて連撃の軌跡は一点に収束した。
オーガの太い首の同じ場所へ、狂気じみた精度で斧撃が叩き込まれ続ける。
——ごぎゃり。
嫌な音とともに、限界を超えた肉と骨が一気に砕けた。
最後の一撃がめり込み、蓄積された暴力が解き放たれる。
オーガの首が、爆ぜるように吹き飛んだ。
巨体がどさりと膝を折り、そのまま前のめりに倒れ込む。
床一面に血の池が広がり、鉄臭い匂いがむっと立ちこめた。
——その中に、ひとりだけ。
光を失いかけた盾を左手に、血飛沫まみれの斧を右手に。
肩で息をしながらも、なお悠然と立ち続けている男がいた。
オットーだった。
(……呪いを完全に制御したわね)
エリーは、安堵とも不安ともつかない息をひとつ吐いた。