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10月下旬。北海道に今年の初雪が降った。予報に雪マークがあったので、ちらほらと降って積もらず終わると思っていたら、驚くほど吹雪いて積もった。
私はその初雪が降る数日前、なんだか住んでいる地域の周囲にある山の方から変な気配を感じていて、何となく直感で2日ほど夫と娘を休ませた。
その2日間は特に何もなかったので2人共釈然としない様子だったが、何か嫌な予感がしていた。
初雪の日、仕事から帰って家事も風呂もご飯も全て済ませ、少し早めに皆就寝した。
ところがその深夜、突然隣で寝ていた夫が「何だ今の!?」と鋭く言った声と、黒兎のやけに大きな足ダンではっと目覚めた。
寝るとそう夜中に起きない夫が深夜に起きたのもかなり珍しい。飛び起きた先に一瞬、リビングから変な光が見えた。
瞬時に意識がクリアになって周囲を見渡すと、すぐさま異変があった。部屋の中がやけに明るい。
携帯を手繰り寄せると深夜1時過ぎ。だが、とても深夜の明るさではない。外から光が差し込んでいて、朝のような眩しさだった。
「……は?」
率直に出た言葉。
「何これ、なんでこんな明るいの?」
携帯が壊れたのかと夫の携帯も手に取るが、やはり日付の変わったばかりの1時だ。
「今さ……黒兎の足ダンで俺も目覚めたんだけど」
横になったまま手で目を抑えながら、夫が口を開く。
「リビングの窓際にルームライト置いてるじゃん?スイッチ手動でONにするやつ。貝殻の。あれが赤、青、紫に点灯してさ……凄い馬鹿デカい警告音みたいな変な音が鳴ったんだよね」
リビングを見るが、寝室から見るにルームライトは点灯していない。
そっと寝室を出てリビングに顔を出すと、ストーブが消えていた。「え?なんで消えてるの」と呟きながらよく見ると、おかしなエラーが出ていた。見たことのないエラーマークに、一瞬躊躇して電源ボタンへと手を伸ばす。
その瞬間、触れてもいないのに電源がバチンと音を立ててONになった。
ポルターガイストか、と瞬間的に周囲の気配を探る。
寝室、娘の部屋、リビング、百鬼が慌ててツリーハウスから降りて来た以外、これといって室内におかしな気配はない。
だが、私が懸念していた山の方にいた変な気配が強くなっている。
窓の外がおかしなほど明るい。雪明かりという現象があるのは知っている。だが、そんな雪が反射した明るさでも月明かりの明るさでもない。
まるで真上から大きな電気で照らしたかのような、異様な真っ白い明るさだった。
普通なら周囲の建物に邪魔されて斜め上から太陽光などが入ってくる……はず。
おかしいと思ってそっとカーテンを捲ると、やはり真上から真っ白な光が降り注いでいる。
今はアパートの1階に住んでいるので、2階の屋根の真上に光源がある。しかも明らかに位置が近い。
「何あれ」と注意深く観察していると、S兄に首根っこを掴まれ引き戻された。
「あまり窓辺に寄るな、何か外にいる」
確かに玄関の外、道路側に人型の何かがいる。おそらく霊体だが、なんか変なオーラを纏っているように見える。
寝起きの遠隔霊視なので具体的にハッキリとは分からないが、うちの百鬼の中にいる円の外側の奴らと気配が似ていた。
窓辺から離れて娘の部屋に変なのがいないかを確認し、寝室に戻る。頼まなくても既に娘の守護達がスタンバイしていた。
部屋に戻ると、2度目の停電が起きた。実はこの日、寝る前にも停電が起きていた。停電自体は初雪の影響かと思う。ただ、タイミングが良過ぎて嫌になる。
また暖房が切れた。電源ボタンを押しに行かないと。特にエラーは起きていなかった。少し経ってからパッと電気が戻る。今度はボタンを押して電源をつけた。
今度こそ寝室に戻ると、黒兎は足ダンを止めて耳だけを玄関の向こうに向けていた。
やはりあれのせいだったのか。
深夜の騒動はそのまま外で百鬼が対応し、一時的には収束した。が、どうやら1体逃がしてしまったらしい。
翌朝は特に何もなく、停電が再度起きたくらいで変わらない日常だった。
次の異変があったのはその夜。まだ夫が帰宅する前のことだ。
晩ご飯を済ませて、娘が先に風呂に入るのを待っている間、寝室で漫画を読もうと寝転んだ。
少し読み始めたところで急に寝室の窓辺に置かれていた冷風機のカバーがガサガサと音を立てた。
視界の片隅に、何かが通った気がする。
窓は閉めているので無風だ。黒兎もケージの中で耳を立てている。
自室で風呂に入る支度をしていた娘が突然「お母さん!今私の部屋覗いてた?」と慌ただしく寝室へと駆け込んできた。
「いや?漫画読んでたけど」
「今ね、部屋の入口に顔が2つ並んでたの、横向きで!!黒い髪の男の子と、真っ白い顔があった!!」
大層怖がりな娘は怖気付いて風呂に入るのを躊躇っている。
霊視すると確かにリビングに2体、何かがいる。1人は黒髪の男の子。
もう1人は真っ白い顔に赤い着物姿の女の子だった。幼さに似合わない紅を引いた吊り上がった口に、ぎょろりと零れ落ちそうな目玉が爛々としていて、顔の不気味さは女の子の方が勝つ。10歳かそこらだろうか。
瞬間的に、前回外で逃がしたあの気配だと悟った。
「百鬼!!仕事!!」と声を上げると娘は驚いて飛び上がり、ツリーハウスからは百鬼が瞬時に反応して降りて来た。
終始視えている訳ではなさそうなので、娘を風呂に促すが、娘は久々にはっきり視えたせいか興奮と恐怖で混乱している。
「大丈夫だって。風呂場には百鬼のお姉さん達がいるから守ってくれるよ」
そう言って半ば強引に風呂場まで背中を押す。
リビングにいた男の子は百鬼に捕まって窓辺で羽交い締めにされていたが、女の子の方は逃がしてしまったようだ。
その時、仕事終わりの夫から着信があった。
開口一番に今の出来事を伝えると、夫が昨日の深夜に視た奴と類似していたようで「その赤い着物の方がヤバいから気を付けて」と言われた。
捕まった男の子はあくまでもオマケだったらしい。逃げ切った赤い着物の女の子はかなり遠くまで行ったようで、百鬼も最後まで追えなかったという。
その後は数日何もなく、11月に入った頃に夢の中に赤い着物の女の子が出てきた。
どうにも古い民家のようなところで遊んでいて、怖い印象は全くなかった。
手毬やらおはじきやら、古めかしい玩具ばかりでスマホなど最新の機器も見当たらない。
女の子は血色の悪い肌の色だが、見た目は普通の10歳程度の子供だった。少し長めのおかっぱ頭と血の気の引いた裸足が印象的だった。しかし紅は引いていないし、目玉も零れ落ちそうな様子はない。
無邪気にその辺に散らばる玩具で一緒に遊び、外に出て木の枝を拾って地面に絵を描いたりしていた。
怖くはなかったが、毎日その子が夢に出てくるようになった。
4日後、昼間に仮眠を取っていたら再びあの女の子が夢に出てきた。
民家の中においでと招かれるがままに入る。
民家の2階に和室が並び、その1室に化粧棚が置かれていた。3面鏡の木材で、引き出しが2つ。
そこから女の子は母親の物であろう紅を取り出した。数日の夢には出てこなかったその紅を見た瞬間、ゾワッと鳥肌が立った。
家の中でリアルに視た、男の子と一緒にいたあのヤバい方の女の子の顔がフラッシュバックする。
咄嗟に危機感が芽生えて踵を返すと、女の子に手を掴まれた。
特に強引ではなく、むしろ優しく手を引かれて「ねえ、遊ぶの楽しいね。一緒に行こうよ」と言われ、思わず振り返る。
懇願するような、そんな声だ。
紅を片手に持っているが塗っている訳ではなく、顔もそのままだった。恐ろしい無邪気さのある笑顔ではなく、至ってごく普通の表情に拍子抜けした。
普通に怖い雰囲気がないせいか空気に呑まれて思わず「そうだね、いいよ」と言おうとして、なんだかふと職場を思い出してしまった。
「あー……いいんだけど、ごめん、年末の仕事終わるまでは行けないわ。繁忙期なんだ」と振りほどけば「そっかあ。じゃあ、年末まで待つね」と女の子が小指を立てた。
深く考えず、差し出された指に小指を絡めて指切りをした。
「やーくそーくげーんまーん」という声と、女の子の冷たい指の感触が遠ざかっていく。
はっと目を覚ますと、S兄の心配そうな顔が視えた。
「……なあ、お前……今何処か飛んだのか?(幽体離脱の意味)」
そう聞かれ、忘れないうちにXで日記の如くさっきの出来事を呟いた。
S兄に「女の子と約束の指切りをした」なんて言ったら劣化の如く怒られそうだったので、そこは伏せて普通に遊んだことと「一緒に行こう」と言われたことだけを伝えた。
S兄は納得していなさそうで、薄々何か勘づいているようだった。
その日から約2週間近く、女の子は夢に出てこなくなった。現実でも遭遇することはなく、あれ以来強い奴も今のところ来ていない。
ぱったりと途絶えたあたり聞き分けが良過ぎて、逆に恐ろしく感じる。
次にあの女の子に会うのはきっと今年の年末だ。でも記憶力があまり良くもない上に、年末年始は今の職場の繁忙期で凄まじく忙しいので、年末には私が約束したことも忘れてしまいそうだ。
どうして霊的なものは皆揃いも揃って「一緒に行こう」と言うのだろう?私からしたら「お前らが来い」なのだが、それじゃダメなのだろうか?
あの子が劣化した神様的な類いなのか、ただの悪霊なのか私にはよく分からないが、百鬼の言う「円の外側」なのは間違いないだろう。
あの口紅、あれが厄介そうだ。直感だが、多分あの紅があの子の特殊攻撃技に繋がる物だと思う。
さて、これを執筆中に夫が仕事から帰宅したので「この間の赤い着物の子、あれ仕留めてないよね?」と一応投稿前に確認すると「してないよ」と言ったので、じゃあやっぱり年末にまた来るなぁと遠い目をした。
するとS兄が背後から「やっぱコイツなんかしたぞ」と夫に耳打ちし始めて、ああこれはヤバい約束事がバレたら怒られると観念し、指切りをしたことを伝えた。
話を聞き終えた夫は百鬼の1部をツリーハウスから呼び出し守護達にも声を掛け、手短に「面倒になる前に片付けちゃおう!」と言い始めた。
私は思わず「ちょっと待って、あの子そんなに悪い子じゃない気がする!!」と割り込んだ。
厄介なのは口紅で、あの子自身が悪いかどうかまで見極め切れていない。少なくとも古民家で遊んだあの子に殺意や悪意はなさそうだった。
しかも「年末まで待って」と言った約束を律儀に守ってくれている。話が通じるなら流石に消さなくても良いのではないか。
そうこうしているうちに、夫の守護が赤い着物の子を連れてきてしまった。
強い守護に首根っこを掴まれて借りてきた猫のようにぶらんと垂れ下がるその子は、夢の中の古民家で遊んだ顔の怖くないあの女の子だった。
片手に口紅は持っているが、特に危害を加える様子もなく、ただ垂れ下がったまま「年末まで待つもん……」と口先を尖らせている。
隣でS兄が「連れて行く気はあったんだな」と腕を組みながら話しかけると「だって約束したもん」と口を尖らせたまま女の子は頷いた。
それはそう。確かに約束した。間違ってない。今回ばかりは落ち度が私にもある。
消すのは待ってくれと散々言いまくった結果、お狐様3人で説き伏せて、野放しにすると何があるか分からないので百鬼として招く方向で話が決まった。
お狐様達の好物である、野菜と肉とケーキを代償に。
生身として生きている相手ではないが、無駄な殺生をせずに済んで良かったと本当に心底思って、今とてもほっとしている。
お狐様達がどういう形で契約に結びつけるのか知らないが、3人で寄って集って脅してないことを願う。
今日は、数千円の出費(好物のお供え)を条件に年末の安全を買った。うん、これはこれである意味良かったと思っている。