テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
正確な時期は覚えていないが、確か小学生の高学年くらいだったと思う。
当時酷くストレスがあったのか、定期的に嘔吐を繰り返して夜ご飯がまともに食べられない時期があった。
もちろん夜間に空腹で目が覚めてしまい、いつもならベッドの上に転がったままやり過ごす。
しかし、その日は何故か深夜だというのが認識出来ず、どうしてだか分からないが「天気が悪くて暗い日なんだな」と思い込んでリビングに行った。
母は2段ベッドの上で寝ていたはずなのだがそれすら認識出来ず、不思議と家族は全員1階の店舗で仕事をしていて、自分は昼寝をしてしまったのだと思い込んでいた。
単純に寝ぼけていたのかもしれない。
昼だと思っていたので、お腹が空いたし母の作り置きしたご飯があるかなとリビングに向かったのだが、当然何も置いていない。
今日は作り忘れたのかな?と首を傾げて、いつもの自分の定位置に座る。
なんでカーテンが閉まってるのだろうと不思議に思って窓の方に近寄ろうとしたら、唐突にテレビが点いた。リモコンは一切触れていない。
何となく背筋に悪寒が走り、そのままテレビを凝視していると、暗い部屋の中で突如流れたのは、貞子のような幽霊の出てくるホラー映画だった。
実際にその日、映画のリングが深夜に流れていたのかは分からないが、背の高い白いワンピース姿の女性が長い髪を垂らしてこちらに近寄ってくるシーンだった。
慌ててリモコンを操作しようにも、テーブルの上に置かれたリモコンは押しても反応がない。
不思議なことに、この時守護が近くに誰もいなかった。憑依守護のひなでさえ不在だったらしく、私は1人で焦っていた。
その時、窓の方からカタンと物音がして、視線を向けると、窓際のマッサージチェアの下から映像に出てきた霊と瓜二つの女が、変な方向に折れ曲がった手足を四つん這いにして這い出てきた。
目の位置もなんだか正常な位置ではなく歪んだ位置にあり、焦点が合っていなかった。口を大きく開けている。一見、爬虫類のような顔付きだった。
抉れるようにして潰れた鼻が痛々しく、目が見えていないのか手探りで床を這いずっていた。
折れた手足をバタつかせながらこちらに近付いてくる女に、私は思わず後退りした。
この頃はまだ祓うこともできなくて、今は守護が誰もいない。無防備だ。逃げるのが賢明な判断だと直感で思った。
リビングから急いで寝室へと逃げようとしてドアに駆け寄った瞬間、突然ガチャリとドアが向こうから開いた。
あまりのタイミングに、心臓が止まりかけた。
悲鳴を飲み込んだ私の目に飛び込んで来たのは、訝しげな顔をしたパジャマ姿の母だった。
「……アンタ何してるの?」
母には女が見えていないらしい。リビングを見渡して、私に視線を戻すとそう言った。
その間にも女はマッサージチェアから這いずって出てくる。
「えっと……お腹空いたから……」
母に言おうか迷ったが、うちの家族は何でも宗教絡みに話を持っていく。霊が視えていると言えば、「そんなものが視えるのは題目(念仏)が足りないからだ」と咎められる。
幼少期ながらに肌身でそのお咎めがおかしいとは思っていたが、反論すると面倒なので普段は怖いものが視えても黙っていた。
マッサージチェアの下の女は潰れた鼻で匂いを嗅ぐような仕草をしている。
「アンタ今日も吐いたもんねぇ……」
眠たげな目を擦りながら、母がキッチンに向かう。
「ちょっと待てる?おにぎりくらいなら作れるから。座って待ってて」
そう言われ、リビングのテーブルへと促された。テーブルを挟んで向こう側に、這いずる女がいる。
気付けばテレビは消えていた。
ぼんやりと、何故母は昼間なのにパジャマ姿なのだろうかと、夜だという認識がなく意味の分からない思考で座り込む。
キッチンの明かりが付き、母が冷蔵庫を開けたり、炊飯器を開けたり、おにぎりを握ったりする手際の良い音が聞こえる。
炊飯器が開いた時、保温されていた米の匂いがふっと漂う。
女がはたと動きを止めて、キッチンの方に向き直った。
ズズ、ズズ、と折れた手足をバタつかせながら、ゆっくりと母のいるキッチンの方へ移動し始めた。
私は音を立てないよう、息も吐かないよう、なるべく微動だにせず固まっていた。
視線の先には、おにぎりを握る母。その背後に到着した女が、母の腰にしがみつきながらよじ登るようにして立ち上がった。
予想より背が高い。そして服も手足も顔も全てがボロボロだった。
母が出来上がったおにぎりを皿に乗せて、キッチンからリビングへ移動すると、女が体勢を崩して床に落ちた。
「具になるもの何もなくてさ、おかかにしたよ。これでいい?」
小さめのおにぎりが2つ、そっと差し出された。コクコクと頷いて、おにぎりを手に取る。さっさと食べて寝室に戻りたくて、鷲掴みにしたおにぎりを口に放り込もうとした時、這いずっていた女がグギッと背中を逸らしてこちらを向いた。
ぐりんと焦点が私に合った。ぞわっとした瞬間、女は大きく口を開いたまま物凄い勢いでバタバタバタバタバタバタと大きな音を立てて私に向かって四つん這いのまま突っ込んできた。
流石に叫んだ。が、声にならない叫びだった。母は背を向けてキッチンへと戻って行く。
女の顔が目前に迫る。大きく開いた口の中に歯はなかった。顎が外れているのか通常の2倍ほど大きくがっぱりと開いた口の中は真っ暗闇が広がっていた。
喰われる!!
直感でそう思った。正直もうダメだと思って覚悟して、座ったまま目を瞑った。
迫った気配と、手に鈍い痛みが走った。その瞬間、ふっと意識が飛んだ。
「……き、ちょっと、雪ってば」
母の声が聞こえる。体が揺れる感覚に、はっとして目を開けた。
「食べながら寝るなんて行儀悪い」
どうやら顰めっ面の母に揺さぶり起こされたようだ。
周囲を見渡すが、あの女の姿はなかった。
手元のおにぎりは、残り1口程度の大きさになっていた。食べた記憶はない。
思わず首を傾げた。既に中の具はなかった。
「早く食べて寝なさい」
母は呆れたようにそう言って立ち上がると、そのまま寝室へと戻って行った。
1人残された私は釈然としないまま、残ったおにぎりを食べた。
さっきのは夢だったのか、なんて思いながら、食べ終わった皿を持って立ち上がる。
そのまま向きを変えた途端、目の前の何かにぶつかった。
また母が戻ってきたのかと思って、驚いて声を上げた。随分と音もなく戻ってきたな、などと考えながら顔を上げて、絶句した。
目と鼻の先に、女がニタニタと笑いながら立っていた。口の周りに米粒がついている。
頭が真っ白になって、時が止まったかと思った。
『い た だ き ま す』
ザラザラした声を発した女が、縦に大きく口を開いた。
もう手元におにぎりはない。汗で滑ったのか、皿が手から滑り落ちる。
女の口が目の前に迫った。今度は手元ではなく、私の頭上からかぶりつくような姿勢で迫ってくる。
真っ暗闇が私の頭をすっぽり覆うのと同時に、再び意識を手放した。
ーーージリリリリ、と目覚ましが頭上で鳴って飛び起きた。
全身汗だくだった。嫌な夢を見た気がした。
しばらくして落ち着いた頃、ようやくベッドから抜け出してリビングに向かう。
いつも朝1番に起きるのは私だ。
リビングのドアを開けると、床に転がった皿が視界に入った。
紛れもなく昨夜、記憶の最後に落とした皿だった。
どうやってベッドに戻ったのかも分からない。朝になって戻っていた守護に聞いても、昨夜のことは何も分からなかった。
私はあの女に何を喰われたのだろうか。
後日談も特になく、真相のよく分からない心霊体験談である。