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「クロード!」
クロードの姿を認めると同時、シリルがレジーナの身をグイと引き寄せた。
「へぇ? すごいね、英雄さん。魔力もなしに、どうやって僕の結界破ったの?」
クロードの身体から、突き破ったガラスの破片が落ちる。
彼がその右手に握るもの。
掌からはみ出して見えるのは真っ赤な魔石だった。
「ふーん、なるほどねぇ。魔石の魔力で結界を破ったんだ。それでよく、拳が壊れなかったね」
感心したように呟くシリル。
レジーナは必至に身を捩る。ずっと、知りたくもない彼のおぞましい心の内が伝わってきていた。
クロードの登場にも、シリルに焦りはない。ただ淡々と、目的を達することだけを考えている。
不意に、クロードの姿が消えた。
そう思う間もなく、彼の姿が間近に迫る。
振り上げた拳が、シリルに叩きつけるようにして振り下ろされる。
しかし、その拳が彼に届くことはない。
「うっわぁ……、びっくりした!」
シリルの頭上で止まった拳。
不可視の防壁――結界に、クロードの手が阻まれた。
シリルが笑う。
「流石の英雄さんでも、僕の本気の結界は破れないんじゃないかなぁ?」
クロードは黙したまま。結界の内のシリルと睨み合う。
「……まあ、こっちの用はすぐに終わるからさ。そこでちょっと待っててよ」
シリルが魔法詠唱を始めた。
転移魔法に近い文言。けれど、先程の話から、それが転移魔法などではないと知れていた。
レジーナはエリカを見た。気を失ったのか、閉じられた目。薬指に指輪が光る。
あれさえ奪えば――!
しかし、流れ込んできたシリルの思考が「もう遅い」と告げる。
彼女の魂はもう――
「お願い、クロード! シリルの魔法を止めて!」
レジーナは動けない身体で叫ぶ。
クロードが再び拳を振り上げた。結界に向かって振り下ろす。
ドンという衝撃。彼が手にしていた魔石が粉々に砕け、宙に舞う。
クロードが新たな魔石を取り出した。二度、三度と同じ動作を繰り返す。
宙に、緋が舞った――
魔石ではない。彼の拳から流れる血。レジーナの口から抑えきれない悲鳴がもれた。
「ああ、クロード! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
自身の無力ゆえに、クロードに身を削らせている。
だけど、「もういい」とは言えない弱さ。
レジーナは涙した。情けなくて悔しい。
声が聞こえた。
「……英雄さん、頑張るねぇ」
レジーナはハッとした。
シリルが詠唱を終えている。
流れ込んで来た彼の思考に、レジーナは戦慄した。
狂気じみた彼の闇に引きずられる。
レジーナは恐慌状態陥った。鼓動が速い、息が上手く吸えない。
「クロード、お願い、指輪を!」
涙でグチャグチャになりながら、レジーナは叫ぶ。
「お願い、シリルの指輪を奪って!」
クロードが、僅かに頷くのが見えた。
彼の拳が、また結界に打ち付けられる。
伝わる衝撃に、シリルが笑った。
「ハハ! 結界にヒビが入ってる! ホント、凄いんだね、英雄さんって」
――だけど、残念。もう間に合わないね……
聞こえた声に、レジーナは叫んだ。
「シリル! お願い止めて、止めなさいっ!」
「止めないよ。……止めるわけない」
言葉と同時、レジーナの足元から眩い光が溢れだした。
(これ、あの時のっ!?)
レジーナたちをこの地に運んだ光。
眩しさに、何も見えなくなる。
「レジーナッ!」
光の向こうで、クロードが呼んでいる。
だけど眩しくて、レジーナはそれ以上、目を開けていられなかった。
諦めと共に、レジーナは目を閉じる。
しかし、突然に、強い力で引き寄せられた。ぶつかるようにして、熱い身体に抱きしめられる。
「レジーナッ!」
クロードの声だ。
光が収束していく。
レジーナはゆっくりと目を開いた。頭上を見上げる。
不安に揺れる碧い瞳。
茫然自失。
レジーナは何も言わずに背後を振り返る。
先程まで、自分が立っていた場所。
光の消えたそこには――