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──翌日。
朝のホームルーム。教師が少しだけ席を外した隙に、昨日と同じように「反省ショー」が始まった。けれど、今日は少しだけ違う趣向が加わる。
「ねえ、日下部くん」
声を上げたのは、クラスの女子。昨日まで静観していた数人が、今日は壇上に立った二人に“加担”する側へと回っていた。
「昨日、遥に『死にたい』って言わせたけどさ。今度は、日下部くんも言ってみたら?」
「は?」
「だって、不公平じゃん? あんな子と一緒にいて、しんどくないわけ? だったら正直に言ってほしいなー。“巻き込まれて、つらいです”って」
女子たちは、笑いながら言う。まるで、お遊戯の指導のような軽さで。
蓮司は黙っている。ただ、教室の隅で腕を組みながら様子を見ている。
「ねえ。言って。『もう無理です』って」
別の男子が、ノートを日下部の机に叩きつけるようにして出した。
「これ、書く用紙。“今日の反省”は、そういうテーマにしようぜ。“遥と関わったせいで壊れた自分の感情について”。書けるだろ?」
日下部は、静かにそれを見下ろした。
「俺は……」
遥が、隣で俯いたまま、小さく首を横に振る。
言わなくていい。そう言っていた。
けれど日下部は、ゆっくりと顔を上げる。
「俺は、遥と関わって……壊れたんじゃない」
教室が少しざわつく。
「壊されてるのは、お前らの方だ」
その言葉に、一瞬だけ、場が静まる。
けれど、すぐに笑いが起きた。冷たい拍手が、皮肉のように響く。
「なにそれ、かっこつけ? そういうの、余計ウケるんだけど」
「“壊されてるのはお前ら”……って。中二病?」
女子たちが口々に囃し立てる。誰も本気で聞こうとはしない。
遥が、唇を噛んでいた。声は出ない。ただ、日下部の手を、ほんの少しだけ袖をつまむようにして掴んだ。
蓮司が前へ出る。
「じゃあ、ゲームチェンジな。今日のメニューは、“日下部の弱点発表会”。みんな知ってること、暴露していこー」
誰かが、「前の彼女に振られて泣いてたって聞いたよー」と言う。
「中学の時、不登校だった時期あったんだって?」と別の誰かが笑う。
「へぇー、日下部って意外とメンタル弱いんだね」
「遥のせいじゃなくて、自分が一番病んでるだけじゃん」
日下部は、それでも立っていた。背中を丸めることもなく、拳を握ることもせず、ただ遥のそばに。
──彼は、遥の代わりに“割られる側”になろうとしていた。
──彼は、遥の「壊れていく日常」を、少しでも一緒に抱えようとしていた。
その姿が、逆に彼らの笑いを加速させる。
「いいねー、この感じ。このまま毎日ショー続けよっか。最後にさ、“誰が一番、死にたくなってるか”当てゲームしようよ」
「遥と日下部、どっちが先に限界来るか、みんなで賭けよーぜ」
冗談として放たれたその声に、教室の空気はひんやりと歪んだまま、元に戻る気配を見せなかった。
──日常は、すでに破壊されていた。
──壊されていたのではなく、「壊され続けること」こそが、日常になっていた。