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教室の空気は、まだ熱を引きずっていた。声出しゲームも、反省ショーも、終わったはずなのに、何も終わっていない。


窓際、椅子に座ったままの遥。手は机の下でぎゅっと握られていた。

その指が、ほんのわずかに震えている。

何かをこらえるのではなく、何も感じないようにしている震えだ。


日下部は、教卓の前に立っている。何も言えなかった。言わなかった。

誰かが言えば壊れる。沈黙が唯一の綱。


「……さ、きに、帰れよ」


遥の声が出た。けれど、言葉のかたちをしただけの音だった。


「……」


「なに、まだ見張ってんのか? もう、終わっただろ、今日のぶんは」


「……終わってないだろ」


「……は?」


「こんなふうに、ずっと終わんねえのが、終わりなんだろ、あいつらのやり方は」


遥の目が一瞬だけ揺れる。けれど、すぐに沈む。


「おまえ……なに、強がってんだよ」


「違う」


「……なにが?」


日下部は、数秒だけ言葉を探した。そして、ほとんど喉を絞るようにして言う。


「おれは……たぶん、おまえより先に、無理になる」


遥の表情が動く。それは怒りでも失望でもなかった。あきらめに近い驚き。


「……なにそれ。おまえ、バカだろ」


「そうかもな」


「じゃあ……じゃあさ、おまえが言えよ。『もう無理です』って。『死にたい』って。そしたらさ――」


その先を、遥は言えなかった。


日下部は黙って遥を見ていた。沈黙。たしかにそこにいたのは、見ている人間だった。


遥は顔を伏せる。小さく、笑った。


「……なあ、どっちがさきに壊れると思う?」


「おまえだろ」


「だよな」


その「だよな」は、負けでも勝ちでもなかった。

ただの確認。

どちらが先に終わるか。壊れるか。

それを言葉にしてしまった時点で、もうその日常は、壊れてしまっていた。



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