テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
教室の空気は、まだ熱を引きずっていた。声出しゲームも、反省ショーも、終わったはずなのに、何も終わっていない。
窓際、椅子に座ったままの遥。手は机の下でぎゅっと握られていた。
その指が、ほんのわずかに震えている。
何かをこらえるのではなく、何も感じないようにしている震えだ。
日下部は、教卓の前に立っている。何も言えなかった。言わなかった。
誰かが言えば壊れる。沈黙が唯一の綱。
「……さ、きに、帰れよ」
遥の声が出た。けれど、言葉のかたちをしただけの音だった。
「……」
「なに、まだ見張ってんのか? もう、終わっただろ、今日のぶんは」
「……終わってないだろ」
「……は?」
「こんなふうに、ずっと終わんねえのが、終わりなんだろ、あいつらのやり方は」
遥の目が一瞬だけ揺れる。けれど、すぐに沈む。
「おまえ……なに、強がってんだよ」
「違う」
「……なにが?」
日下部は、数秒だけ言葉を探した。そして、ほとんど喉を絞るようにして言う。
「おれは……たぶん、おまえより先に、無理になる」
遥の表情が動く。それは怒りでも失望でもなかった。あきらめに近い驚き。
「……なにそれ。おまえ、バカだろ」
「そうかもな」
「じゃあ……じゃあさ、おまえが言えよ。『もう無理です』って。『死にたい』って。そしたらさ――」
その先を、遥は言えなかった。
日下部は黙って遥を見ていた。沈黙。たしかにそこにいたのは、見ている人間だった。
遥は顔を伏せる。小さく、笑った。
「……なあ、どっちがさきに壊れると思う?」
「おまえだろ」
「だよな」
その「だよな」は、負けでも勝ちでもなかった。
ただの確認。
どちらが先に終わるか。壊れるか。
それを言葉にしてしまった時点で、もうその日常は、壊れてしまっていた。