TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する


ナタリーは、盗んだ馬で、黒髪の貴公子と共に、追ってから逃げていた──はず、だった。


「やられた……」


森の中、馬の手綱を握り、一人ごちている。


男は逃げた。甘い口づけと、馬を残して。


「あっ、まずい、ハニー」


泣きそうな声を出し、もよおした。と、言って男は馬を止めた。


「あー、ごめん、すぐに戻るから。それに、街は、ほら、もう見えている。なんて所か知らないけれど、俺達二人なら、上手くやれるさ」


そして、思い出したかのように、ナタリーへ口づけると、茂みの奥へ分け行ったきり、男は戻って来なかった。


「はいはい、カイル、馬は、餞別として、頂いておきますよ。街までの道案内も、どうも」


もっとも、あの男の名が、カイル、かどうも怪しいけれど。


自分の失態と、騙された事の腹立たしさを押さえつつ、先に見える、ごくありふれた小さな町へナタリーは、馬を引いて向かった。


──時は19世紀前半。この欧州《ヨーロッパ》では、イタリア半島を筆頭に、名も知れぬ小国が、ひしめき合っていた。


大国は、隙あらば、それらの国を取り組込むべく、諜報戦を繰り広げている。


そして、ナタリーも──、王公貴族を狙った活動員だった。


相手側の困り事処理という名目で入り込み、王の愛人となって内側から国を崩していくという、周到ぶりから、傾国のナタリーという通り名を持っていた。


昼間は、社交界の情報収集の為に、高級婦人服の仕立て屋マダムとして店を切り盛りしているが、いざ、依頼が入ると、裏の仕事へ専念する。


そうして、このところの、お得意様は、先をピント跳ね上げた口髭──、カイゼル髭の男だった。


そのカイゼル髭の指示により、ナタリーは、失踪した小国の皇太子妃の身代わりとして潜入し、そして、逃げた男、カイルと、出会ったのだった。


彼も、カイゼル髭に雇われて、替え玉皇太子役を演じていた。


どうやら、二人とも、カイゼル髭が属する国の邪魔になったようで、その依頼自体、二人を始末する為に仕組まれたものだった。


当然、ナタリーとカイルは、逃げた。愛の逃避行だと、男《あいつ》は、言い張っていたが……。


で、この始末!


はあー、と、ナタリーはもろもろの疲れから、大きなため息をついた。


と、地面に、車輪の跡を見る。


「はっ、やっぱり。あの男、どこかの国の諜報員ね。私と同じ、フリーだなんて、良く言うわ」


地面に刻み込まれたものは、迎えの車が来ていた証拠。やつは、今頃、悠々と、車の後部座席で足を組み、葉巻でも、くゆらせていることだろう。


「あー、結局、あの男も、後ろに大国がいたんじゃないの。道理で、手際が良かったはずよ」


さて、ぐずぐず言っている場合ではない。日暮までに、町に入らなければ。で、この馬を──、どうする。


売ってしまえればよいのだが、それで、足がつくのも考えもの。


カイゼル髭といい、恐らく、敵対する、大国の一員である男まで現れ、ナタリーは命を狙われているのだから。


ここは、いつもの手を使うかと、やや、げんなりしているナタリーへ、クラクションの音が降りかかってきた。


「ああ、マダム、いえ、ナタリー、無事でよかった!」


将校クラスが利用する高級車が止まり、中から女が降りて来て、ナタリーへ親しげに声をかけてくれる。


憲兵の軍服に身を包む女は、ナタリーには、見覚えがあった。


「ちょっと、ロザリー!あなた、なの?!」


「はい、すみません。騙す様なことをして、お陰で、マルコビッチを捕まえる事ができました」


「は?誰?マルコビッチって……もしかして!」


「ええ、カイゼル髭の男。あれは、二重スパイだったのです」


(そっちか!)


うっかり、逃げた男、カイルの事を思い浮かべた自分に、ナタリーは、げんなりするが、それより、なにより、前にいる、ロザリーときたら、まるで、別人。


「ロザリー、あなた、ふわふわのウェーブの髪は?!」


毎朝、カーラーが上手く巻けなかった、髪型が決まらないと、泣きべそをかいていたあのお針子は、ふわふわどころか、キリッと髪を結いまとめ、後れ毛ひとつ垂らしていない。


「あー、すみません。髪型は、規則なもので」


いや、そうゆう話ではなく!


「安心してください。今より、我々の保護下に入ります。もう、大丈夫ですよ、マダム」


言って、ロザリーは、乗り付けてきた車に目をやった。


乗れということらしい。


「私には拒否権は、無いということね」


「まあ、拒否、だなんて!淋しい事を!私達は、マダムをお守りするために、来たのですよ?」


憲兵の女から、お針子、ロザリーの口調に戻ってくれるが、ナタリーには、守るという言葉は、信用できないものだった。


しかし、車には、少なくとも二人の男、ロザリーは丸腰に見せかけ、銃を仕込んでいるはず。


何より、ナタリーの母国、フランスの軍服に迫られては分が悪い。


ここで逆らえば、居場所は、完全に失くなる。


それどころか。隠れ場所、今まで作り上げてきた人脈もろとも、消されるだろう──。


(いったい、どこまでの国が、動いているの!)


カイゼル髭のせいで、複数から、狙われる羽目になってしまったナタリーは、怒り心頭だった。


自分は、あくまで中立。依頼された事をこなすだけ。勿論、秘密は、厳守し、事が終われば、互いに、干渉しない。追加で新規の依頼が入れば、当然、受ける。但し、顔見知りとしてではなく、あくまでも、新規の相手として、振る舞って来た。


依頼主、おそらく、各国の手先だろう者達に、そこまで、気を配っていたのに。


まったく、どいつもこいつも、後ろ足で、砂をかけるような事をしやがって!それも、まさか、ロザリーまでが。


あがいても、無駄と思い、ナタリーは、言った。


「まあまあ、ほんとね、良く考えれば、こんなところで、一人きりなんて!来てくれて、助かったわ!」


これでもかと、極上の笑みを浮かべて、ナタリーは、車の中に待機する男達を見る。


たちまち、照れ隠しなのか、襟を直す振りをしたり、軍帽を被り直したり、傾国の華の蜜は、効き目を発したようだ。


しかし──。


コホンと。咳払いが、聞こえる。


ああ、女には、効かないか。と、ナタリーは、心の中で苦笑い、


「わかったわ」


と、ロザリーに従ったのだった。

loading

この作品はいかがでしたか?

24

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚