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ホールを後にした二人は、エストスクエア内のイタリアンレストランへ立ち寄り、少し早めの夕食を摂る事にした。
瑠衣は無言のまま、ミートドリアをフーフーと冷ましながら口に運び、侑もまた、彼女に声を掛ける事を躊躇いながら、チーズリゾットを食している。
(…………なぜ急に黙り込んでいるんだ?)
思い返せば、侑と瑠衣が、コンペティションに出場した音羽奏へ挨拶しに行こうと舞台袖へ通じる通路で、友人の葉山怜が奏を抱きしめているのを見た時から様子がおかしい。
瑠衣が恥ずかしそうな、羨ましそうな、どこか悲しそうな例えようのない表情を浮かべ、その面差しは今も時々覗かせている。
この重い雰囲気を変えようと、侑が沈黙を保ったままの瑠衣に声を掛ける。
「…………音羽さんの演奏、素晴らしかったな」
「…………はい。とても……素敵な演奏でし……た……」
彼女は、無理矢理作ったと思われる笑みを映し出し、食事を再開する。
会話が持たず、侑も瑠衣に何て声を掛けていいのか分からない。
(こういう時、好きな女には一途な性格だと言っていた怜なら……どうするんだろうな)
侑は、自分の恋愛経験値の少なさを呪う。
過去には『クールなイケメントランペット奏者』と言われていた事は、侑も何となく耳にしてはいたが、自身の恋愛は、ピアニストの島野レナしか知らない。
十年近く恋人同士だったレナとは身体の関係はあったものの、遠距離恋愛がそこそこ長かった事もあり、実質数年程度の恋人関係だったのではないか、と侑は思う。
目の前の弟子は、時折泣きそうな表情を映し出しながら、黙々と食事をしている。
彼女が、通路で怜と奏が抱きしめているのを見た時にポツリと言った言葉が、侑の脳裏に聞こえてくる。
『…………愛し合っている二人、素敵ですね。私には……そんな人なんて——』
(…………九條のヤツ、あの時、言葉を曖昧にしていたが、何を言おうとしていたのだろうか?)
思考を巡らせているうちに瑠衣はいつしか食事を終え、スマホの画面を虚げに眺めている。
彼の心を掻き乱し、全てを狂わせる女、九條瑠衣。
侑の心の中は今、目の前にいる女の事が気になって仕方がない。
「…………食い終わったのか?」
「……はい。先生…………ご馳走様でした。先に家に戻ってますね……」
「…………」
侑は伝票を掴んで席を立つと、瑠衣も立ち上がり、会計している彼の横を素通りして店を出ていった。