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CLUSTAR
186
家にいてもつまらないなそう言って開けた玄関から眩しい陽光が彼を照らした。
椎名壮吾、17才。彼は友人宅に向かおうとしていた。
ゲーム機を片手に走り出す。
ここはヨコハマ、神奈川に位置する港町。
青く澄んだ空にはカモメが飛び、飛行機が雲を描いている。
どこを通っても嫌というほどに潮風が香るビル群を駆け抜けると港沿いの公園へ出た。
オブジェクトが並ぶ公園には道化師がショーをしている。
奇抜な服に陽光が反射して、通る人の目を引いている。
公園を突っ切ればあとは中華街に沿った道を行くだけだ。
少し足を速めると目の前から何かが飛んできた。
「わっ」という小さな悲鳴をあげた壮吾はそれを引き剥がす。
何かのお知らせが書かれたチラシであった。
『人喰い症候群にご注意』『発症者に心当たりがあるものは警察へ』
…なんとも物騒な世の中になったものだ。
ある日突然のこと、1人のアメリカの少年が突然遊んでいた友人に噛みついた。
困惑している友人は少年を見るとその異常さに気づいた。
瞳孔は小さく、八重歯は尖り、気持ちの悪いほど白い肌、元来の少年の面影はない。
そして異変が現れた少年の片手には突然現れたチェインソードが握られていたそうだ。
友人の肩の肉を引きちぎった少年はそれを夢中で貪っていた。
噛み跡から血が噴き出た友人は急いで警察に連絡した後、家から飛び出し逃げた。
少年はなんとか逮捕したものの友人は取り調べ中に突然苦しみだし、息を引き取った。
するとその数週間後、同じ事件が再び起こる。
わずか1年の間に広まっていき、被害者は1000人を超えた。
またたく間にこれが報道されると専門家たちは彼らの死体を解剖し始めた。
結果的につけられた名前は『人喰い症候群』。
原理が不明で対策のしようがない最悪の病。
事件関係者がかかっている訳ではないため、ウイルスや菌でないと思われる。
となると、人類はいよいよどうしようもなくなってしまう。
日本には数年前に罹患者が上陸してしまい、今年にはいるまでに計1万人が死んでいる。
いったい何が人をここまでにさせたのか。
しかし正直な所壮吾はこう思っていた。「なんでそんなことができるんだろう」、と。
アメリカの原初の発症者である少年は捕まった後にも取り調べに応じており、警察の証言によると「普通の人とかわらない、わからない」と言ったそうだ。
理性があるならなぜそんな凶行ができるのだろうか、食べられてしまう恐ろしさと発症者に対する呆れを抱えながら壮吾は友人宅を訪れた。
その日は楽しかった。
テスト期間中禁止していたゲームが久しぶりに遊べたのもあるし、3時間ほどしか居られなかったが、やれた事が多かったため充実していた。
家に帰ったら体が重かった、部活の後に遊びに行ったからだろう。
今日はもう寝ることにした。
翌日目が覚めると壮吾は着替え始めた。
学校は休みの土曜日、ぐっすり寝れた彼は1階へ降りる。
そこには母のメモとラップがかけられたパンと卵焼きが置いてあった。
父も母も朝早くから仕事に行っており、誰もいない。
ラップを開けて箸を持つ。
が、なぜか壮吾はすぐに箸をおいていた。
その理由はすぐにわかった。食欲がない。
異常であった。体調が悪いならまだしも何も食べようという気になれない。
言い表すなら「胃袋が消えたみたい」だった。
「…おかしいな、」
それでも残すわけには行かない。
口の中に乾いた食パンを入れるが何かが変だ。
「ん、なんだこれ、のみこめない?」
喉が塞がったと言うよりは物の飲み込み方を忘れたみたいであった。
無理に飲み込もうとする。
やっとのことでパンが喉を通った。
しかし一息ついたのも束の間、すさまじい腹痛がした。
「…?」困惑しながら便所に飛び込むと新たな異変に気づいた。
出ていたのは便ではなく先ほど食べたパンそのものだった。
「…どういう、ことだ?」
消化がされていない、いや、食べ物として身体が見ていないのだ。
これの何がまずいか、それに壮吾は気づいた。
「消化されないなら栄養摂れないんじゃ、?」
このまま症状が続いたら、そう思うとゾッとする。
水も飲めない、栄養も摂れない、このまま続いたら死ぬのは確実。
遠くてもいい。
兎に角病院に行くしかない。
そう決心して壮吾は走り出した。
いつもの公園を走りながら曲がると多くの人が行き来している。
「…邪魔だ、クソっ。違う道を通るべきだったかも。」
しかし引き返すわけには行かない、最悪命に関わる。
人混みをかき分けて走り、出したはずだった。
足がピクリとも動かなくなる。
「…?」なんでだろうか。まったく足が動かない。
「動きぇ」出た声に違和感があった。
すぐにそれは今口から垂れている涎のせいだとわかった。
「なんだ、これ…?」
何か美味しそうな食べ物があったわけでもないし匂いがしたわけでもない。
まぎれもなく身体が反応していたのは人間に対してだった。
冷や汗が噴き出た。
「うわあああああああああ!」と大きな声で泣きながら来た道を帰る。
が、時間も時間ですでにとんでもない人が通っている。
まずい。どうにかなってしまう。
周りからの変な視線も気にせず泣きながら走る。
目をつぶって走った先は無数のコンテナが並ぶ海辺だった。
土曜日ということもあり静かだ。
「俺はどうしちゃったんだよ…」
顔を少し見上げたら掲示板にチラシが貼ってあった。
「…俺、人喰い発症者になっちゃったのか、?」
嫌だ、そんなの嫌だ、普通に生活ができなくなるのは確実だがそれよりも、
『警察に連絡を』の文字が身の毛をよだたせた。
「一人で生きても詰みで、助けてもらおうとしたら殺処分かよ…」
泣けて笑えてきた。
その時背後から誰かが来た。
まずい、食欲が…
涎がしたたる、ことは不思議となかった。
現れたのは杖をついた老紳士だった。
老紳士は壮吾の顔を見るなりしゃがんで彼に語りかけた。
「君は…こっち側かな?」
「え、?」
「ああ、発症者だね、顔色が悪い。しばらく食えていないんだろう?これをお食べなさい。」
彼は小包をポケットから取り出すと壮吾に渡した。
小包からは恐ろしいほど食欲を掻き立てる匂いがした。お礼も言えぬまま貪りつく。
口の中に甘みとも塩味とも言えないまろやかな味が広がっていき、生気を取り戻した。
涙が此れた。自分も食べれる物があったんだ、と。
「さて、これで私は御暇しよう。」
「あ、あの!」
去ろうとする老紳士を引き止めると壮吾は彼に聞いた。
「これってなんですか?食べれるものがなくなって、教えてください!」
元気になった壮吾の顔を見ると老紳士は何か悟った顔をしてこう言った。
「、そうか、初めてだったか。…これはこれから君が食べていかなきゃいけないものだよ。」
含みのある言い方をして去っていく老人に壮吾は置いてけぼりだった。
もう数日経った。
家にあるものは片っ端から食べてみたがすべて出てしまう。
咀嚼する体力のみが徐々に削れていく感覚に壮吾は耐えられなかった。
何か食べなきゃ、何か。あの時のあれはなんなんだろう。食べないと。
狂い始めているのが自分で理解できるほどに急激に身体が弱っていく。
このままじゃ死ぬ。
察した彼は涎を隠すためのマスクをつけて街に出た。
何も食べれないからこそ飲食店の多いヨコハマの匂いはきつい。
結局何も見つからず。帰ろうとしたその時後ろから肩をたたかれた。
あの時のおじいさんかと期待に満ちた目を背後に向けるとそこにいたのは…
「少しお話良いですかねぇ?」
2人の警察だった。
「え、いやちょっと?待ってください!」
「話しにくいでしょうから人が居ないとこにいきましょうか」
路地裏に強引に連れて行かれた壮吾は死を覚悟した。
「肌色が悪くて声かけたんですけど…マスクの下の歯、見せてもらっていいですか?」
マスクの裏には尖った八重歯がある。
なんとか隠さねば。
「いや、その、顔にコンプレックスがあって、ていうか、そのぉ職質って任意ですよね…?」
「まあそう言わずに見せてください。」
「やめっ…」その時警官の顔がピクリと動いた。
「あぺ?」奇妙な声を上げて警察が前に倒れてきた。
「うわ…!?」とかわすと警察は自分がいた場所に顔から倒れた。
見上げるとおかっぱの女が立っていた。
片手には和傘を持っていたがよく見ると先端に銃口がついている。
そこから煙が立っており、警察をみてみると服に赤が滲んでいた。
「てめえ…!発症者か!?」
負けじと警棒を構えたが女は傘を構えたままである。
すると女は和傘を構えたポーズのまま警官に突進した。傘の先が眼球に刺さる。
「があっ…、ふっえ…う」
目から何らかの液体が飛び出た。ぐぴゅっという音と共に中身が飛び出した。
「う、うあああああ!」
まだだと言わんばかりの雄叫びであったが女は刺さっている傘を開いた。
顔が半壊して警官はついに膝をついて静かになった。
「大丈夫ですか?」
「ひっ…」
「安心してください、君の仲間ですから。」
彼女は飛び散った肉片を口の中に入れた。
安心なんてできるわけない。
いとも容易く目の前で人の命を奪ったやつの話なんて耳に入ってこない。
「…あの、大丈夫ですか?」
「くっ、来るなぁっ!ひ、人の肉を食べるとか、イカれてんじゃないか!?」
しばらく彼女はこちらを見るなり急に顔を近づけてきた。
「つまらない嘘をつかないでほしいです。あなたの口からも人の匂いがしますよ。」
「は、!?そもそもここしばらく何も食べて…」
はっ、と脳裏に蘇ったのは数日前の記憶。
『…これはこれから君が食べていかなきゃいけないものだよ。』
老紳士が俺に言った言葉。
強いて言うなら食べたのは彼が渡した「何か」だけ。
酸っぱい何かが胃からこみ上げてきた。「ゲホッ、うエエぇえッッッッっ」
何も食べていないから胃液が透明だった。
「体調悪いんですか?これ食べます?」彼女が目玉だったものを掌にのっけた。
「やめろ!、もう、お前らはこれ以上俺に近づかないでくれ…!」
「何を言ってるんですか、食べなきゃ死にますよ?」
視界が定まらない。フラフラし始めた。抵抗さえできない。
顎を持ち上げられながら口の中に眼球を放り込まれた。
気絶するほんの一瞬までずっと口には『甘みとも塩味とも言えないまろやかな味』が広がっていた。
コメント
1件
おお、第1話からめっちゃ重くて熱い展開やったな…!「食べられなくなる」って設定だけでゾッとするのに、人喰い症候群との二重構造で引き込まれたわ。老紳士のアレ、まさか人肉だったとは…ラストの警察バトル、和傘銃の女のキャラも尖ってて好みやわ。続きが気になりすぎる🔥