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「さてと、私も馳走になろうかな。武蔵野や、そちらの麗しき姫様に、同席のお伺いをたてておくれよ」
守近の飄々とした、それでいて、手慣れた人扱いぶりに、なんと粋な貴公子様でしょうと、女房達は、さんざめく。
「ご自分でなされませ!」
武蔵野は、からかわれたと、仏頂面を崩さない。
「だそうです。徳子《なりこ》姫?」
言って、守近は、徳子の側に腰を下ろした。
「あら、守近様も、武蔵野も、仲が、およろしいこと」
「あれ、徳子姫。仲が良いのは、私達ではありませんか?今まで、仲違いのひとつもしたことがありませんよ?」
お約束のごとき守近の甘い言葉に、きゃぁと、沙奈《さな》が、小さく声をあげ、女房達は、赤らんだ頬を隠すよう袖を顔にあてて、遠い目をする。
このように、屋敷の者は、常に、二人の仲に惑わされていた。
そんな周りの様子などお構いなしで、守近は、目についた菓子を口へ放り込んだ。
「おや、これは、旨い。うん、程よい甘さがたまらない」
よほど気に入ったのか、守近は、再び手を伸ばす。
一瞬にして、場に流れていた甘やかな空気が凍りついた。
「あー守近様ー!」
沙奈《さな》が挙げた声に、
「おや、お前も欲しいか。あれ、私が食べてしまったようだ。残念だったね、沙奈」
ははは、と呑気に笑っている主に、一同は、ふるふると首をふり、そうではないと訴えかける。
が、事既に遅し。
座っていたはずの徳子は、立ち上がっていた。
その表情はいたく険しい。
初めて見る女主《おんなあるじ》の剣幕に、仕える皆は、戦《おのの》いた。
「私《わたくし》の、干し棗《なつめ》……」
「ああ、徳子姫も召し上がられたか。なかなか美味でしたね」
女房達は、いっそう、首を振って、守近に知らせるが、気が緩みきっている守近は、この異変に気が付かない。
「おや?徳子姫。如何いたしました?もしや、お加減が優れませぬか?」
問う、守近へ返事するわけでもない徳子の、らしからぬつれなさに、守近は思わずその袖を引いていた。
「どうなされました?何か、お気に触る事でもございましたか?」
徳子は、振り払うように袖を翻し、「知りませぬ!」と、いい放つと、居室である奥の座所へ姿を消した。
「お、お待ちを!何をっ!!徳子姫?!ちょっとっ!!」
訳が分からずの、守近は徳子を追った。
すぐさま、間仕切る几帳越しに、二人の言い争う声が漏れ聞こえてくる。
女房達は、耳をそば立て様子を伺いながら思う。
まさか、宴席で、主《あるじ》夫婦の初争いを目睹《もくげき》するとは、と。
「あぁ、食べ物の恨みは、げにおそろしきかな」
武蔵野が、ぽつりと呟いた。