ロビーを抜け、舞台袖へ通じる通路を曲がった瞬間、侑と瑠衣の足が止まる。
そこには人目も憚らずに、怜が奏を強く抱きしめている。
破顔させながら奏を見つめる怜と、蕩けるような笑顔を怜へ向けている奏に、侑は思わず顔を背けてしまった。
(アイツ、恋人の前だけでは、あんなに嬉しそうな顔を見せるんだな……)
自分の気持ちを素直に表情を浮かべる友人が、侑にとっては羨ましいとさえ思ってしまう。
侑が隣にいる瑠衣に気付かれないように見下ろすと、顔を紅潮させながら顔を手で覆っている。
「あんな二人を見ちゃったら…………挨拶なんてできないし。もう完全に二人だけの世界……」
瑠衣が呟くように独りごちていた。
愛おしい恋人を抱きしめている友人が、侑にはまるで別人のように映っていた。
(愛する女が側にいるだけで、人って…………こうも変わるものなのか……)
怜と奏は抱きしめ合った後、彼は腕を緩め、彼女のドレス姿をじっくりと見ているようだった。
そんな様子を、羨ましそうな、切なそうな表情で見つめている瑠衣。
「…………愛し合っている二人、素敵ですね。私には……そんな人なんて——」
瑠衣が、俯きながらその先の言葉を濁すと、笑みを微かに滲ませ、
「……先生、挨拶しに行ったら…………二人のお邪魔になるので帰りましょう」
と帰宅を促してきた。
「…………ああ。そうだな」
瑠衣が気まずそうに、正面玄関へ向かうので、侑も後に続く。
いつもなら侑の横を歩くか、彼よりも少し後ろを歩く彼女が、そそくさとホールの外へ向かっている。
(アイツ……急に…………どうしたというんだ……)
「九條……!」
呼びかけても振り返らずに歩き続ける瑠衣を、侑は追い掛けた。