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大きな桜の木が生えた丘に向かってる最中に僕は気づいたことがある。
そう。
多分、教室の机の中に筆箱を忘れてきたかもしれないということ。
歩きながらリュックの中を覗くも、
やはり無い。
着いて早々、
僕は畑葉さんにこんなことを言う。
「悪いニュースと良いニュース、どっちから聞きたい?」
って。
「えっ、急に…?」
「じゃあ良いニュースから…」
「購買に桜餅が増えたよ」
「え!!もしかして頼みに行ってたの?!」
「そ、学校でも買えるようにした」
「私のためでしょ?ありがと!!」
そう言いながら畑葉さんは抱きついてくる。
こういうことをするから勘違いしてしまいそうになるんだよなぁ。
「ぁ…悪いニュースって?」
おずおずと聞く畑葉さん。
「筆箱忘れた…教室に……」
「なーんだ安心した!」
安心したって…
こっちは最悪な気分なんだけど…
「私のペン貸してあげるよ」
そう言いながら自身の筆箱からペンを取り出し、僕に渡した。
木の目柄で材質が木材のようにも思えて不思議だ。
「それ、お気に入りのペンなの」
「いいでしょ!!」
お気に入りのペンなら自分で使えばいいのにと思いながらも
「木の目柄って珍しいね」
と返す。
「もうちょっとで梅雨だね〜」
そんなことを言う畑葉さんだが、
先程から手が止まっている。
勉強に飽きてきたのだろうか。
まだ5分も経ってないというのに…
「そうだね」
そう適当に返しながらも僕は手を進める。
得意教科は特に無い。
点数はいつも全般的に平均近く。
何ともつまらない人間だ。
「ね、雨の日の桜の木ってどうなるんだろうね」
急にそんなことを言ってくるも、
心の中で『枯れるに決まってる』と返す。
が、本当に枯れるだろうか。
普通の桜の木なら枯れる。
だけどこの大きな桜の木は嵐のように風が強い日でも花弁は生きていた。
「私は悲しい桜になると思うな〜」
「悲しい桜?」
緑見に続き、
またもや知らない言葉が出てくる。
それのせいで僕まで勉強の手が止まってしまう。
もしかしたらそういう比喩なのかもしれないけど。
「古佐くんはどう思う?」
「死ぬと思う?生きると思う?」
なんで『枯れるか』で聞いてこないんだろう。
そう不思議に思いながらも
「生きると思う…多分……」
と力無さげに答える。
「だよね!!」
そんな僕の返しを聞いて、
なぜか喜ぶ畑葉さん。
「ところで悲しい桜って何?」
『悲しい桜』が気になりすぎて居てもたってもいられなくなり、聞いてしまう。
「え?知らない?」
「知ってると思ってたんだけど…」
疑いの目をこちらに向けないで欲しい。
それに誰しもが『悲しい桜』なんて聞いたこと無いに決まってる。
「この桜は今、明るい桜、喜んでる桜、嬉しげな桜」
そう言いながら大きな桜の木を指差す。
「でも、雨が降ると花弁に雨露が乗っかって、重くなって、悲しい桜になる」
「柳のように不気味に、でも藤のような可憐さは残ったまま」
柳って確か、幽霊のような木のことだよな。
子供の頃夜中に柳を見て怖かった記憶があるし。
「柳…」
気づけばそう呟いていた。
「古佐くんが今思ってる柳ってこれでしょ?」
そう言いながら畑葉さんは僕に自身のスマホ画面を見せてきた。
画面には『シダレヤナギ』と書かれており、
写真は僕の思った通りの柳だった。
「うん、これ」
「怖くない?幽霊みたいで」
そう僕が言うと畑葉さんはなぜか笑う。
馬鹿にでもしているのだろうか。
「でも花言葉はすごい素敵なんだよ?」
「え?」
花言葉?
花言葉なんて考えたこと無かった。
それに柳は葉っぱだから花言葉は無いと思ってたし…
「柳の花言葉は風と共に揺れることから『従順』だったり、風で揺れる姿が気ままに羽ばたいてるみたいで『自由』っていう花言葉まであるんだよ!!」
そう楽しそうに説明する。
そういえば前に花言葉を調べることが好きだなんて話したっけ?
確かに、
見聞きしてるだけなのに、
楽しさが伝わってくる。
「なんか印象変わったかも…」
そう独り言のように呟くと
「そう言ってくれて嬉しい!」
とニッコニコの笑顔を見せてくる。
なんだか子供みたいで可愛らしい。
でも、そう思う度に『絶対に私を好きにならないで』という畑葉さんの言葉を思い出して胸が苦しくなる。
理由くらい教えてくれてもいいのに。
「しかも柳ってこんなのもあるんだよ!!」
そう言いながらまたもやスマホの画面を見せてくる。
だが、
先程よりも顔面に近すぎて何も見えない。
少し離れながら画面を見ると、
画面には猫じゃらしのような植物が映っていた。
「これも柳?」
「そ!!ネコヤナギって言って、猫のしっぽみたいな柳!!」
「これ見たら柳も怖いものばかりじゃないって思えるでしょ?」
確かに。
先程の柳よりこちらの柳の方が可愛らしく見える。
同じ『柳』なのに種類が違うだけでこんなにも印象が変わるのか。
そういえばどこかで種類も違えば花言葉も変わってくるなんて聞いた気がする。
「面白いね、花言葉」
「でしょ?!」
新しい知識も知れるし、
それに畑葉さんの楽しそうな顔を見ることが出来るのは何とも嬉しいことだろうか。
「毎日…とはいかないけど、時々こういう花言葉とかの話して欲しいな」
そう僕が少しの提案をするとますます畑葉さんの顔は喜びに溢れた顔になる。
「もちろん!!」
そう畑葉さんが言ったと同時に急などしゃ降りが降ってきた。
雷までも鳴っている。
僕は慌てて折り畳み傘を出し、差す。
が、どうやら畑葉さんは折り畳み傘を持っていないようだった。
僕は自身の傘で畑葉さんに降りかかる雨を凌ぎながら
「とりあえず桜の木の下行こっか」
と言う。
通り雨っぽいからすぐ止むと思うんだけどなぁ…
そう思いながら畑葉さんの方を横目で見る。
髪に、
頬に、
雨粒が。
風邪の心配よりも先に、
その美しさに見とれてしまう。
そんな僕を他所に畑葉さんは呑気にこんなことを呟いた。
「虹、出来るかなぁ…」
って。
「きっと出来るよ」
そう返しながらも僕の視線は空ではなく、
畑葉さんにあった。