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#現代ファンタジー
むぎ 🖤🪽
73
#死ネタ、流血表現、暴力表現
穏霞 乃矢
2,886
静寂に包まれた官邸地下図書室にスメラは足を運んでいた。高い天井まで届く書架が幾重にも並び魔導灯の淡い光が無数の背表紙をぼんやりと照らしていた。軍事機密、政務記録、古代エルフ文明の研究書。そして、閲覧を厳しく制限された禁書指定の思想書がこの部屋の最奥に封印されている。紙と革装丁が醸し出す匂いの中を、スメラはゆっくりと歩いた。
(あの日から……ずっと気になっていた)
リヴァンがエルフエナジー鉱石を前にして口にした言葉。
「この石は、意識を司る石だ」
あの一言が、どうしても頭から離れない……。
【回想】
王立科学アカデミー研究所・地下研究区画。蒼白い照明に照らされた研究室の中央には、一つの結晶が厳重に保管されていた。黒とも赤ともつかない不気味な輝きを放つ鉱石。『エルフエナジー鉱石』だった。
「スメラ、見てくれ」 リヴァンは少年のように目を輝かせていた。
「これは単なる鉱石じゃない」 そう言って鉱石へ手を伸ばした瞬間だった。
結晶の奥で、何かが脈打った。それはまるで巨大な一つ目が、こちらを見返しているかのようだった。スメラの背筋を冷たいものが走る。
「やめて……その石、何かおかしいわ」
だが、リヴァンは聞いていなかった。エルフエナジー鉱石から放つ赤黒い光が静かに広がる。そして彼は、恍惚にも似た表情で呟いた。
「スメラ……私は、この石と対話できる」 その瞬間だった。
リヴァンの瞳の奥に底知れぬ意志を宿した異形の眼が重なったように見えた。
「リヴァン、あなたの瞳……赤黒く……」
リヴァンは静かに微笑んだ。
「ようやく、見えるようになったんだ」
「何が?」
「世界の本当の姿だ」
彼は鉱石から視線を離さない。
「この石は、人の意識と繋がっている」
「意識……?」
「世界は思っていたより、ずっと深い」
その瞳には、もはや以前の穏やかな青い輝きはなかった。赤黒い光だけが、静かに揺れていた。
スメラは最奥の書架の前で足を止める。そこには黒い封印札が貼られた棚があった。
《禁書閲覧区域》
彼女は静かに息をのみその中から一冊の古びた革装丁の本へと手を伸ばした。禁書と赤くラベルが張られた本
『エルフエナジー鉱石の光と影 “赤黒い目に侵された王”の症状と心理の変化』
エルフエナジー鉱石。それは、“光の鉱石”と“影の鉱石”が融合した結晶だ。鉱石は、この星が誕生した際に地殻に封じられた、いわば“光”と”闇”の記憶。瞳のような模様を宿す黒い溶岩石は影の鉱石であり、そこから放たれる波動を、人々は“マグマの眼”と呼んだ。後にそれは、こう名づけられた《赤黒い眼》。
ただし、これは“鉱石の名”であると同時に、そこから生まれた“意識”の名でもある。
《赤黒い眼》は、怒り・悲しみ・憎しみといった、人の負の感情を糧に自己増殖する。
“実体なき意識体”すなわち実態のないモンスターである。
スメラは息を呑む
「実体のない……意識を喰らうモンスター」
震える手で更に読み進める。
この意識体は時空を越えて漂い、強い悲しみや憎しみを持つ人の心の闇に寄生し易い。
その意識体と波長が一致した瞬間、その意識に入り込み、理性を少しずつ侵食してゆく。
一度寄生されるとその個体が亡くなるまで寄生し続け、他人への伝搬は無い。
その初期症状は、瞳の色が一瞬にして特有の赤黒い色に変化する。
そして、幻聴、幻視、異常な知覚の高揚が見られる。
やがて力を求め、他を支配しようとする衝動が生まれる。
《赤黒い眼》は、そうして宿主を通して世界に干渉するとされている。
政務官たちの失踪。マラーの不審な行動。そして、リヴァン。すべてが一本の線で繋がり始めていた。
スメラは震える指で通信端末を起動する。今、この話を信じてくれる人間は一人しかいない。
(ラッセル……)
ホログラム画面に幼馴染の名前が浮かび上がる。
【ラッセル・ヴァイン】
数秒の呼び出し音の後、通信が繋がりラッセルの顔がホログラム画面上に映った。
『どうした、スメラ?』
低く落ち着いた声。幼い頃から聞き慣れた声に、スメラの張り詰めていた心がわずかに緩む。
『平日の昼間に君から連絡とは珍しいな』
「ラッセル……」 スメラは一度息を整えた。
「リヴァンの様子が最近おかしいの」
『おかしいとは?』
「執務室の前で、偶然聞いてしまったの」
『聞いた?』
「リヴァンとラマズドの会話よ」
「ラマズドがこう言ったの――『政務官の一件は、処理済みです』って」
「するとリヴァンが――『そうか。余波が出ぬように』って」
ラッセルの表情が曇った。
「その後、治安局から報告があったの。政務官は魔物討伐中に失踪したって。私、その政務官と親しくしていたし、彼が魔物討伐をすることは考えられないの」
『そうか……。実は俺も、リヴァンからラグラス・リム地区の魔物討伐を命じられたところだ』
「そうなの……」
スメラは続けた。
「それにね、今朝、マラーが動揺しながらバイオハザード容器を搬出していたの。エレベーターの中は血の匂いがした。リヴァンはペットで飼っているモンスターが死んだからマラーに運ぶように命じたと説明していたけども、ペットが死んで血の匂いがするなんて、おかしい話だと思うの……」
ラッセルは低く息を吐いた。
『その情報は重要だ』
「やっぱり……」
『少なくとも偶然では片付けられない』
軍人としての冷静な判断だった。
『マラーの搬送箱。失踪した政務官。そして、その会話。俺なら調べる価値があると判断する』
スメラは小さく頷いた。
「ええ。だから問いただしたの」
『リヴァンをか?』
「そう」
スメラの胸の奥が痛んだ。
「でも、私の知っているリヴァンじゃなかった」
『……』
「政務官が失踪しているのよ。それなのに、まるで最初から答えを知っているみたいに冷静だった」
通信の向こうでラッセルは黙ったままだった。
「昔の彼なら違った。どんな小さな違和感も見逃さなかったはずなのに……」
『まだ、そのことが気になっているのか』
「気になっているなんてものじゃないわ」
スメラは唇を強く噛んだ。
「……私、本当に怖いの」
「ラッセル。前にリヴァンと王立科学アカデミーを視察したでしょう。そのとき、エルフエナジー鉱石に触れたリヴァンが、突然おかしなことを言い始めたの」
『おかしなこと?』
「『この石と対話できる』『未来の流れが見える』って……。まるで誰かの声を聞いているみたいだった」
ラッセルは黙って耳を傾けている。
「気になって官邸図書室で文献を調べたの。そしたら、禁書の中に『赤黒い眼』についての記述があったわ」
『赤黒い眼……?』
「エルフエナジー鉱石に潜み、人の意識を糧にする存在──そう書かれていた。最初は古い寓話だと思った。でも、症状が……今のリヴァンとあまりにも似ているの」
スメラの声が震える。
「一瞬だけだった。でも確かに見たの。リヴァンの瞳が赤黒く染まって……人間の光が消えたように見えたの」
しばらく沈黙が流れた。やがてラッセルが静かに口を開く。
『その本は、科学的根拠がないとして禁書指定された文献じゃないのか』
「……ええ」
『だったら、鵜呑みにするのは危険だ。もし本当にそんな存在に精神を支配されるなら、リヴァンはとっくに正常な判断なんてできなくなっているはずだ』
スメラは返す言葉を失う。
『赤黒く見えたのも、研究室の照明か鉱石の反射だったのかもしれない』
少し間を置いて、ラッセルは続けた。
『俺は軍人だ。伝承や呪いより、証拠を信じる』
「……そうね。考えすぎかもしれない」
スメラはそう答えながらも、胸の奥の不安は消えなかった。ラッセルは静かな声で付け加える。
『だが一つだけ確かなことがある』
「……何?」
『リヴァンの周囲で何かが起きている。それだけは事実だ』
軍人らしい落ち着いた声だった。
『まずは現実を追う。失踪した政務官とマラーの搬送箱。ラマズドの動き。その辺りを洗えば何か出るはずだ』
「ありがとう。私も動くわ」
『まだ礼を言うには早い』 ラッセルの声に真剣味が宿る。
『だが、無茶はするな。この件を追えば、お前も標的になる』
「分かってる」
『分かってない顔だな』
スメラは思わず苦笑した。
「そんな顔、見えてないでしょう?」
『長い付き合いだからな』
そしてラッセルは低く続けた。
『何かあったら必ず連絡しろ』
「ええ」
『一人で抱え込むな』
「分かったわ」
『約束だ』
スメラは静かに頷いた。
「約束する」
通信が切れる。
ホログラムの光が静かに消えていった。
スメラは端末を胸元に抱きしめる。消えた政務官たちの真相を暴くためにも。もう後戻りはできない。残ったのは真実へ辿り着こうとする強い意志だけだった。
ゼムが書架の陰から姿を現した。
「随分と熱心なお話ですこと」
スメラが振り返る。
「ゼム室長……」
ゼムは口元だけ微笑む。
「官邸の図書室で、禁書を読みながら軍人と極秘通信ですか」
ゼムの視線が、スメラの通信端末へと落ちる。
「情報管理室長としては、少々見過ごせませんわね」
スメラはゆっくりと端末の通信を切った。
「盗み聞きする趣味でもあるの?」
「偶然ですわ」
ゼムは肩をすくめる。
「でも……首相秘書官ともあろう方が、勤務中に軍人と秘密のお話とは。
幼馴染って便利ですわね。とても羨ましい限りですわ」
スメラは静かにゼムを見据えた。
「ラッセルは幼馴染である前に、王国軍の士官よ。政務に関わる相談をすることの、どこが問題なのかしら」
ゼムは口元に笑みを浮かべたまま答える。
「首相閣下より信用できる方がおられるなんて、閣下がお知りになれば、どう思われるのでしょうね」
スメラの瞳がわずかに鋭くなる。
「私が忠誠を誓っているのは、リヴァン首相よ。それだけは、誰にも疑われる筋合いはないわ」
一瞬、図書室の空気が張り詰めた。
ゼムは小さく笑う。
「私からの忠告を差し上げますわ。忠誠を誓う相手は、一人に決めた方がよろしいですわ」
スメラは一歩前へ出て語気を強めた。
「その言葉……自分自身にも向けたらどう?」
ゼムの笑みが、ほんの一瞬だけ消えた。
だが、すぐに優雅な微笑を取り戻す。
「禁書に興味を持つ秘書官……その事実だけでも十分問題になりますわね。それでは、ごめんあそばせ」
そう言って、ゼムは図書室を後にした。
ゼムの足音が遠ざかると、スメラは深く息を吐いた。
「本当に面倒な人だわ……もう、私に絡まないで欲しい」
だが、すぐに表情を引き締める。
(そんなことより、リヴァンのことを確かめなければ……)
コメント
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うわ、この第3話、めっちゃ引き込まれました……!リヴァンの瞳が赤黒く変わったあの瞬間、背筋が冷えましたね。《赤黒い眼》が負の感情を糧にする実体なき意識体っていう設定、すごく不気味で世界観に奥行きが出てる。スメラが禁書を調べながらラッセルに相談する流れも自然で、彼女の不安とラッセルの冷静な軍人視点の対比が効いてました。最後のゼムの登場も嫌な緊張感があって、続きが気になりすぎます!