キャプテンは、休むことなく、馬に股がり山道を駆け続けていた。ナタリーも、どうにかこうにか、後ろに続いている。
いったい、どのくらい進んだのだろう。
まだ、鬱蒼とした木々の羅列は続いており、この、森のような雑木林のような場所を抜けられる事ができるのだろうかと、ナタリーが不安になった頃、先導するキャプテンが、馬の速度を落とした。
「さあ、フランス領は、抜けた。カイル達に邪魔立てはできねぇよ」
キャプテンは、朗らかに言うけれど、つまり、ロードリア王国の領地に入ったということで、因みに、カイルは、そこの、王位継承権三位の王子。
一緒にいるだろう、フランス側の人間は、確かに、大手を降っての行動はできない。が、カイルは、自国、それも、王族の端くれなのだから、邪魔者を押さえ込むこともできるはず。邪魔立ては、という、キャプテンの言葉に、ナタリーは首を傾げた。
「と、いっても、カイルは、王族だろう?ってか?」
キャプテンの図星ともいえる、指摘に、ナタリーは、素直にうなずいていた。
「おや、これまた、どうしたことで」
えらく素直じゃないかと、キャプテンは、ニヤリと笑らうが、ナタリーにも、わからなかった。なぜか、キャプテンといると、従ってしまうのだ。やはり、人を束ねることに、長けているのだろうか?いや、それだけではない何か、人を服従させるような雰囲気を持ち合わせているというか……。
「まあ、いいさ、そういうところに、男も油断するんだろう。あの、堅物カイルが落ちたぐらいだからな」
キャプテンは、ナタリーの胸の内を代弁するかのように、勝手に喋ってくれているが、堅物、とは、なんだそれは?!
「ちょっ!キャプテン!あの、カイルが、あれのどこが堅物なの?!」
暇さえあれば、ハニー!と、叫んでいる男、それの、どこが。
「あー、あいつのこと、知らないのか」
何か言い含むキャプテンは、渋い顔をすると、仕方ないか、などと、呟き、一人語り始めた。
「あいつは、本来、反大国派だったんだ」
「いや、ちょっと!それなら、なぜ、ロザリーと!」
ああ、と、呆れつつ、キャプテンは続ける。
「まあ、色々あったようだが、俺と出会った頃は、カイルは、確かに反大国派として、活動していた。余所の、いざこざに首をつっこんで、地下活動家達と行動を共にしていた時期もあった」
──地下活動家、というのは、つまり。
「カイルって、レジスタンスだったの?!」
驚くナタリーに、おっ、と、キャプテンは、嬉しげな声をあげ、再び、ニヤリと笑った。
「ああ、奴らと組んで、自国を守りたかった、というよりは、イタリア半島もろもろの、小競り合いが、単に刺激的に写ったんじゃねぇかな?その頃は、世間知らずの、お坊っちゃまだったから」
「はあ、なるほど、一昔前は、今より、ゴタゴタしてたものね。じゃあ、カイルは、イタリアに?」
「ロードリア王国は、ローマカトリックが国教だからな。イタリア半島というよりも、ヴァチカン領を守る的な事から、地下組織と繋がったみたいだなぁ。それで、あちらへ渡ったり、色々やってたみたいだぜ」
キャプテンの話しは、まるで、絵空事のような都合が良すぎるものだったが、ナタリーにしてみれば、カイルの不振な点に、納得できるものでもあった。
初めて会った時の手際の良さ、次は、なぜか、司祭服を着こんで、教会の顔となっていた。
教皇領に、出入りしていた、さらに、自国は、ローマカトリック。ならば、それなりに、信仰心が働いてもいたのだろう。下手すれば、活動の為に、俗世を捨てて司祭になったのかもしれない。
若い活動家というものは、とことん、のめり込む。目的のためなら、司祭にでもなるだろう。もっとも、司祭になったところで、どう、国が動くのか。ヴァチカンの保護を受けるという考えでもあったのだろうか。そこの辺りは、カイルにしかわからない事で、今は、そんな、純粋な気持ちで動いているとは、ナタリーには、思えなかった。
なにせ、ナタリーを、執事が変装したカイゼル髭の男に誘き出させ、フランス側に、二重スパイと思い込ませて、ロザリーを動かせる。そして、ナタリー、ロザリーと、女二人に色仕掛け。
なかなかの俗な手段を取ってくれた。
そこまで、切羽詰まっているのか、はたまた、キャプテンの入れ知恵か。キャプテン曰く、ナタリーは、安全パイのようなものとか、だったのだが。
と、なると……。
「これって、もしかして、キャプテン、あなたが仕組んだってこと?!」
何を言ってんだか、と、言いたげに、キャプテンは、肩をすくめた。
「ああ、やっぱり、そうなのね!カイルじゃあ、ここまで計算できないわ!」
あの、館でやり合った時のカイルは、しどろもどろだった。それは、キャプテンが、いなかったからで、ナタリーに、ぶたれるは、想定外だったのだろう。
前にいる、日焼けしたちょっと目、いい男のお膳立て通り、カイルは動いていたのだ。
「そうなんでしょ!キャプテン!あなた、何が目的!なぜ、ここまで、手の込んだ事をするの!」
ナタリーの怒りのこもった叫びに、キャプテンは平然と答える。
「金儲けさ。お嬢ちゃん、宰相から、ガッポリ巻き上げるんだろ?」
キャプテンは、どこか、ナタリーを見下すように、意味深に笑った。
ナタリーは、馬から降りた。それを見て、キャプテンが、
「依頼放棄かい?」
などと、挑発的に言ってくる。
「まさか、もう、馬に乗りすぎて、あちこち痛いのよ」
「ふぅーん、男なら、いくらでも大丈夫なのに?」
「なっ!キャプテン、あなた!!」
まったく、何という、下品な男だろうと、ナタリーの、冷たい視線を受けながら、キャプテンは、さらに、大笑いした。
「まあ、確かに、長丁場だったからな、尻も痛くなるわ。皮が擦りむけてないか、確かめてやろうか?」
「キャプテン!!」
どこまでも、下衆なからかいを続ける、男に、ナタリーは、げんなりした。一事が万事、この調子なのだろうか。これでは、カイルと、似たり寄ったりではないか。
「まあまあ、そう、ふくれるなって、で?気が変わったのか」
言いながら、キャプテンも、馬から降りた。
ナタリーを見下ろしながら、真顔で見つめて来る。ちょっといい男が、真顔になった。当然、その ちょっと、は、かなりに、格上げされているのだが、今のナタリーの心情は、そんな事は気にならならず、お互いに、仕事の顔になっている。
「まあな、あれこれあったと誤魔化して、あんたを騙すようなことばかり、そりゃー、金儲けしようと、話には乗るだろうが、さて、どこまで、動けばいいのかって、ところだよなぁ」
俺だったら、そう思う。と、キャプテンは、しおらしく言った。
「確かに、そうだけど、言ったでしょ?そちらの、事情は関係ない。ただ、その、事情が、私の動きに、影響するものなら、ハッキリさせてもらわないと、もう、働き損はこりごりなのよ」
「はあー、あくまでも、金か。さすがだねぇ」
くっきりとした、二重、アーモンド形の瞳を細めて、キャプテンは、息をついた。
そこで、ナタリーは、気がつくのだった。
前にある、乙女なら見惚れてしまう、美しき瞳は、片方が、眼帯《アイパッチ》で、隠されていてると。
「キャプテン、余計なことだけど、その目は……」
「ああ、伊達じゃない。片方は、ダメになっている」
だから、キャプテンが、お似合いなのさと、ケラケラ笑ってくれるが、ナタリーは、うっかり、尋ねてしまって、よかったのか、これで、また、複雑なる事情に、引き込まれてしまうのではないかと、身構えた。
「つれないねー、他の女は、可愛そうにだの、何があったのとか、はらはら、涙を流してくれるのにさっ」
「……涙までは、流さないでしょ」
「あれ、何でわかった?」
などと、軽口を叩きつつ、キャプテンは、少し間を置いてナタリーへ、語りはじめる。
「まっ、かいつまんで言うと、フランス軍にいたんだよ。そして、暴動を阻止している時、飛んで来た石が、目に当たった」
それから後は、散々で、国は保証もなしに、使い物にならないと、キャプテンを除隊させた。というか、そう仕向けられたが、正しい。
生活の為に、仕事を探すが、まともな物はない。自然、用心棒だの、武力を使うもの、裏社会へ足を突っ込むが、それも、窮屈で、結局、国を出た。そして、地中海沿岸の小国を渡り歩いている時、船乗りになっていた、昔の軍隊仲間に出会った。それが、転機になったのか。仲間が仕入れてきた小物を売り始めると、人脈も出来て、観光業たるものに、手を出していた。
「なるほどね、どうにか、フランスに、仕返ししたいというわけね。でも、さすがに、相手は、大きすぎるってことか、で、カイルと私ってこと?」
「おやおや、呑み込みがお早くて、助かりますねぇ。そうさなぁ、そりゃ。できればな、が、国なんて、どうでもいいんだよ」
「つまり、見返してやれる金と、最後は、名誉ね!」
「ご名答!観光船動かして、景勝巡りなんて、ショボいと思っていたが、フランスの、傾きかけた貴族の城《シャトー》や、町が、声をかけてくる。観光業も、すてたもんじゃねぇーと、俺は、割りきったのよ!」
裏切られた国の、上流階級から声がかかるようになり、なんとか、形にしたいと、ありとあらゆるものと繋がった。
「で、カイル。でも、それだけでは、なんにもならなかった、と。そこで、キャプテン、あなた、勝負にでたのね?」
ナタリーの合いの手に、キャプテンは、ほお、と、驚きの声をあげる。
「そこまで、わかってんなら、話しは、早い。あんた、カイルと結婚しな。そして、王妃になるんだ!」
(はああーー?! なぜ、そこで王妃?!)
「ちょっと、宰相は!落として、ワイナリーの一つでもって、話が、どうして!!」
「宰相は、落とせ!奴が、全ての主導権を握っている。奴を失脚させない限り、ワイナリーどころか、離宮も手に入らない。というよりだなぁー、カイルを押し上げて、国を取りな!」
「国をって、言っても、私、潰すのが、専門で……」
「そう!傾国のナタリーだろ!潰して、新らしく立て直せ!」
いや、それは、なんというか、普通に、ちょろまかして、投資する、とかじゃー、いけないのだろうか?それでも、十分裕福になれるわ、貴族や、上流階級の人間が、ご機嫌取りに現れると思うのだけど。
キャプテンの、野望の大きさに、ナタリーは、返す言葉がなかった。というより、どうして、自分が、王妃なんぞに、ならなければならないのだろう。
「どうだ、最高の引退じゃねぇか?」
「なっ?!」
痛いところを突かれ、ナタリーは、つい、そっぽを向いた。まるで、子供じゃないかと、思いながら。
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