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よっぽど喉が渇いていたのか、ジョセフはお替りで淹れて貰ったお茶も一瞬で飲み干していた。カップが空になったのに気付くと、すぐに世話係が注ぎ足すが、さすがに三杯目には手を付けはしなかった。
アヴェン領主に雇われた二人組は、直接行けば半日ほどの距離を、わざわざカモフラージュの為にシュコール領を経由してからアヴェンへと薬を運ぶ算段でいたらしい。どこで手に入れていたのか、二人ともがシュコールの身分証も保持していた。おそらくは偽造品だろう。
専門機関による尋問でもシュコールの商人だと言い張り続けていたので、ジョセフが現地へ裏取りに行くはめになったのだった。向こうに行って分かったのだが、彼らが偽って名乗っていた商会はシュコールの最大手で、領主御用達でもあった。現領主の夫人はこの商会の出だったので、言うまでもなく領主との繋がりは太い。
勿論、アヴェン領内で不足している薬の確保と、その利鞘を稼ぐことが彼らの本来の目的ではあったが、そこにシュコールが絡んでいると見せかけるのも重要な意味を持っていた。万が一にバレた時にはシュコールを悪者に仕立て上げるつもりでいたようだ。
「ついでにグランとシュコールの結託を阻止、だな」
元から良好な関係の二領がさらに繋がりを濃くすれば、どちらとも隣接するアヴェンの立ち位置が危ぶまれる可能性がある。これまでは魔石の取引では強気でいられたが、今後はどうなるかは分からなくなる。アヴェンにとって魔石は唯一であり、最大の特産物だからその価値を揺るがせる訳にはいかない。
「ああ、ジョセフのお見合いの件ね」
「ただの形だけだったのにな」
ジョセフ本人にその気はなくとも、二領が姻戚関係になる可能性が出てきたと先走って騒ぎ立てる者もいるのは確か。実際にはシュコール側の方が少し乗り気になっているのがジョセフには少し気がかりだったが。今回の訪問でも歓迎されているのが分かって、とても心苦しい思いをした。早く断りを入れてくれるように言い続けているが、父からはのらりくらりとかわされている状態だった。
とにかく、噂の段階で焦ったアヴェン領主が思いついたのが、薬の横流しにシュコールが絡んでいるように見せかけることだった。
「まあ、姑息ね」
セコいとか、姑息とか、領主相手にベルも葉月も言いたい放題である。
「今回のはさすがに王城への報告が必要だったから、明日には宮廷から人が来ることになったらしい」
「大事なのね」
魔法使いの倫理を領主自らが侵す行為に出たということで、早々に宮廷も動き出した。この国では魔法使いは護られるべき存在だ。
それ以外にも、偽の身分証などで今回は追及されるべき点が多い。
「魔導師団からも来るみたいだし、叔父上も来られるって話だよ」
何も聞いてない? と聞かれて、ベルは驚いたように目を丸くしながら首を振った。手紙の返事を待っているだけだったのに、父本人が帰って来るとは、と。
「明日の朝、迎えをよこすように手配するけど」
親子の久しぶりの対面は本邸でと段取りを組んでくれようとする従兄弟に、礼を言うも少し考える。いくら苦手な本邸でも、父に会えるなら仕方ないわねと心揺らいだが、否、そうじゃない。
「いいえ、お父様にこちらへ来て貰わないといけないわ」
迷い人である葉月なら、一緒に本邸に連れて行くことはできるけれど、ここじゃないと会わせられない存在がいた。本人に会う意志があれば、だけれど。
「なら、そう伝えることにするよ。僕はベル達が来てくれる方が嬉しいけど、ね」
「ここでお父様に見せたいものがあるのよ」
ベルも今回の件では当事者だ。彼女からの話を聞きに誰かは会いに来なければいけない。なら、父に来てもらえるのが一番だ。
従兄弟同士のやり取りを聞いて、両手を胸の前でぎゅっと握りしめながら、葉月はワクワクが隠せなかった。
魔導師ジークが、ここへ来る?!
ティグのこともそうだけど、確認したいことは山ほどあった。でも何よりも、冒険譚の実在する主人公に会えるということに浮かれていた。例え三十年が経過して、ただのおじさんになっていようが、期待するなというのが難しい。
ずっと難しい顔で座っていた少女の表情が、期待に溢れた物へと変わったのに気付き、ジョセフは吹き出しそうになった。
「僕も、叔父上にお会いできるのはとても楽しみだよ」
彼もまた、あの冒険譚を読んで育った子供の一人だった。古代竜を討伐した英雄の甥であることをとても誇りに思っている。