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夜の図書室のように静かな相談室。蛍光灯の白い明かりが、窓の外の闇をいっそう深くしていた。 扉がゆっくり開き、細い影がひとつ滑り込む。フードを深くかぶった女子生徒が、息を詰めたまま椅子に座った。
遥はペンを指で転がしながら、ほんの少しだけ顎を上げた。
「……こんばんは」
その声で、少女はびくりと肩をすくめた。
「こんばんは、って……」かすれた声。
「私、ここ初めてで」
「大丈夫。話したくないことは話さなくていい」
少女は小さく息を吐いた。
「人を、信じるのが怖いんです」
言葉は机に落ち、木目を這うように沈んだ。
「誰かに裏切られた?」
「裏切られた、ってほどじゃない。……でも、秘密を言ったら次の日には誰かが知ってる。笑われてる気がして。
友達と話してても、心の中で何を思ってるか考えだすと……全部嘘に思えてくる」
遥はペンを転がすのをやめ、指先で机を軽く叩いた。
「わかる。俺も、人を信用して言ったこと、だいたい外に漏れた」
彼女がはっと顔を上げる。
「だから、俺はほとんど話さない。話すとしても、なくなっても平気な言葉だけ」
それを淡々と言う遥の目は、けれどどこか遠くを見ていた。
少女は両手を膝に置き、しばらく黙っていた。
「……じゃあ、友達って何なんでしょう。信じられないなら、いないほうが楽?」
「楽かもしれない。……でも、完全にいないと、もっときつい」
遥の声は少し低くなる。
「俺は、誰も信じないで一人でいる方を選んだ時期があった。
そしたら、誰かの声が聞こえても、ただの雑音になった。
世界が、何をしても俺に関係ないみたいになって……それが一番怖かった」
少女は眉を寄せた。
「じゃあ、どうしたらいいの」
「全部を信じなくてもいい。たとえば一言だけ、信じたい部分だけ選ぶ。
相手の全部を預けるんじゃなくて、自分が守れるくらいの分だけ受け取る。
俺はそうしてる」
少女は小さくうなずいた。
「……選んで、信じる」
「うん。全部信じるって、きっと誰にとっても無理だと思う」
遥は窓の外を一度見やり、ゆっくり言葉を続けた。
「信じるって、たぶん“賭け”みたいなものだろ。
勝っても負けても、自分が決めた分だけなら、後悔しても自分で引き取れる」
少女はフードを外し、顔を少しだけ上げた。
「……それなら、私にもできるかもしれない」
「できるよ。小さい賭けからでいい」
遥が、かすかに口角を上げる。
「今日、ここに来た時点で、その小さい賭けを一回やってる」
少女は目を丸くしてから、照れくさそうに笑った。
相談室の時計が、小さく時を打つ。
誰も完全には信じられない世界で、それでも差し出された一言の重さが、静かに部屋を温めていた。