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第29話:カードの告白は現実へ
春の終わり。
駅前の大型ホールには、恋レアをテーマにした特設フォーラムが開催されていた。
舞台中央には、未来的なデザインのクリアパネル。
その後ろには大型モニターがあり、会場内の使用ログや参加者の心拍グラフが映し出されている。
観客席には、全国から選ばれた“恋レア影響者”たちが並んでいた。
制服姿の高校生、スーツ姿の社会人、SNSで話題のカップルアカウントの本人たち。
そしてその中に――天野ミオの姿もあった。
白いブラウスに、光沢のない紺のスカート。
髪はまとめず、左右に流れるように下ろしている。
メイクは薄く、顔色が自然に映える程度。
手元には、**封印解除された《一目惚れの再定義》**が置かれていた。
舞台袖では、木元楓が見守っていた。
落ち着いたモスグリーンのスーツに、ピンヒール。
一歩も乱れぬ姿勢で立ちながら、その目だけが、かすかに揺れていた。
今回のイベントにはテーマがあった。
“カードに頼らない恋愛”と“カードを使って届いた恋”、その両方の“本物”を提示すること。
登壇者に選ばれたミオは、壇上でマイクを手にしなかった。
代わりに、ステージ中央のスキャン装置に、ゆっくりとカードを差し込む。
画面に表示されるのは、《一目惚れの再定義》。
恋レア史上、最も感情を“個人視点で再構築できる”レアカード。
場内がざわつく。
彼女が使うのか、否か。
ミオは、カードを指で押し込まず、そのままスリットから抜き取った。
そして、ゆっくりと観客に向き直り、はっきりと語り出した。
彼女の声は震えていなかった。
“演出”を拒否するように、言葉は短く、まっすぐだった。
誰かを好きになることを、カードに定義されることなく、
伝える勇気も、沈黙する痛みも、自分で決めたかったこと。
その話を聞く観客の中には、涙をぬぐう者もいた。
誰かの恋の記録は、数値でなくても、人の心に刻まれるのだと――そう感じた瞬間だった。
スピーチの後、控え室に戻ると、トキヤが立っていた。
今日は制服のまま。ネクタイも締めていて、シャツの袖口もきちんと整っている。
ポケットには、何も入っていない。
彼は何も言わずに、ただ手を伸ばした。
ミオはその手を取る。
何も再生されない。
ログも、エフェクトも、スコアもない。
だが、その手の温度だけが、確かな“現実”だった。