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第30話:それでも恋は続いていく
春の終わり。
校庭の桜が、ようやく満開を迎えていた。
朝の教室には穏やかな空気が流れている。
生徒たちはスマホを机に置いたまま、会話をしていた。
ログもスコアも、もう表示されていない。
レンアイCARD株式会社は、先日のフォーラムをもって、恋愛スコア制度の終了と、“感情ログ”の廃止を発表した。
すべての恋を“記録対象”とせず、希望者のみに記録を残す「感情選択式」への移行が始まった。
それは、小さな革命だった。
天野ミオは、制服の襟を丁寧に整えていた。
前髪は短くなり、眉が見えるようになっていた。
髪は耳にかけられ、イヤーカフは外されている。
彼女の瞳には、少しの不安と、少しの期待が混ざっていた。
ポケットには、もうカードは入っていない。
今日、彼女は“恋レア卒業者”として、最後の使用記録を封印する申請を出すことにしていた。
放課後、図書室。
あの日と同じ窓際の席に、大山トキヤが座っていた。
今日はグレーのシャツに、カーディガンなし。
制服のまま、乱れもなく座っている。
彼の隣にミオが静かに腰を下ろす。
ふたりは何も言わない。
机の上には、何の演出も、デバイスも置かれていない。
それでも、ふたりの間にある空気は、演出以上に鮮明だった。
トキヤは小さな封筒を差し出した。
中には、ミオが文化祭のときに落とした紙片と、それを丁寧に貼り直したノートの切れ端が入っていた。
その裏に、手書きで一行だけ。
「今のままで、ちゃんと好きだよ」
ミオは笑った。
それは、今までに一度もカードが再現できなかった表情だった。
夕暮れの校舎をあとにして、ふたりは並んで歩いた。
恋レアが社会を変え、カードが恋を支配した時代。
けれど、どれだけ演出が進化しても、“本当の恋”はその外側にある。
ミオとトキヤの歩幅は、ゆっくりと、でも確かにそろっていた。
そして、その歩みは――
明日も、演出のないまま、続いていく。
『-恋レア- カードの告白は現実へ』 完