テラーノベル
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「本当に気にしないでください。携帯のことより、貴女はこれからご帰宅ですか?」
「はい。地下鉄で帰るんですけど……この姿じゃあまりにもみっともないので、そこのコンビニでストッキングを替えて帰ります」
「では、もしご迷惑でなければコンビニまでご一緒しても良いですか? 僕も煙草と珈琲を買って、これから地下鉄で帰るつもりだったので」
男性はにっこりと柔らかな笑みを向けた。
「え……はい。どうぞ」
私は首を傾げながら、ぽつりと返事をする。
……この人、優しい紳士に見えるけど。
変な人じゃない……よね?
咄嗟に悠聖さんとの出来事が頭を過った。
ズキズキと痛む右足をかばいながら、大きな交差点に架かる横断歩道を渡った。
他愛のない世間話を交わしながら、私は隣を歩く男性へちらりと視線を向ける。
ダークグレーのスーツを着こなし、大人の雰囲気を漂わせる男性。
長身で肩幅が広く、やや筋肉質と思われるがっしりとした体格。
年齢は四十代前半くらいだろうか……。
同世代の男性とは違う、落ち着いた空気を感じさせる。
ゆっくりと横断歩道を渡る二人。
男性は私の膝の痛みや歩幅を気にしているのか、さりげなく歩調を合わせてくれていた。
向けられる笑顔にも馴れ馴れしさはなく、それどころか、初対面なのに不思議と安らぎさえ感じてしまう。
この人、本当に私を心配してくれているんだ……。
穏やかな横顔を見つめながら、彼の好意を疑ってしまった自分が少し恥ずかしくなった。
「昼間はまだ残暑が厳しいですが、夜風は冷たくなってきましたね」
男性は朗らかな笑みを浮かべ、私に話しかける。
「そうですね。暦の上ではもう秋ですからね」
微笑みながら相槌を返した。
男性に気遣われながらコンビニに到着すると、私は絆創膏とウェットティッシュ、ストッキングを購入し、トイレへ駆け込んだ。
足に付着した血液を拭き取り、絆創膏を貼る。
新しいストッキングに履き替え、ようやくひと息ついた時、胸元に視線が向き、バッジを外し忘れていたことに気づいた。
「高貴な方々しか拝むことのできない富貴蘭か……」
目を細め、皮肉混じりの苦笑を漏らす。
バッジを外してハンカチに包み、バッグへしまうと、そのまま携帯を取り出した。
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「先に帰っちゃって、麗香怒ってるのかな……」
先ほど急いで送った謝罪のメールに、まだ返事はない。
たとえ悠聖さんとの出来事が、その場に留まるには耐え難いものだったとしても、友人に何も告げず立ち去った自分の行動を後悔していた。
「明日、電話で謝ろう……」
……指輪も、引き返してもう一度よく探さなきゃ。
指先からすり抜け、暗闇の中へ消えてしまったプラチナリング。
このコンビニへ向かう途中も辺りを見回したが、それらしいものは見当たらなかった。
体を心配してくれる男性を前に、ぶつかった拍子に結婚指輪を失くしたことも言い出せず。
もちろん、あの痛々しい姿のまま探し回るわけにもいかず、その場を離れたのだが……。
指輪の跡が残る左手の薬指を見つめ、深いため息を落とした。
拭い取った口紅を手早く塗り直し、人前に出ても恥ずかしくない程度に身だしなみを整える。
『煙草を吸いながら夜風に当たっているので、気にせずごゆっくりどうぞ』
そう言ってくれた男性の言葉に甘えるわけにもいかず、私は足早にコンビニを出て辺りを見回した。
店の前には若い男女が数人集まり、酔った勢いなのか上機嫌に大きな笑い声を上げている。
……あの人、どこに行ったのかな。
耳障りな笑い声を上げる集団を避け、道路側へ足を向ける。
すると、コンビニから少し離れた公園の入り口に人影が見えた。
薄明かりの下で目を凝らすと、葉の生い茂る植え込みのレンガに腰掛け、煙草をくゆらせながら夜の街並みを眺めている男性の姿があった。
「すみません、お待たせしちゃって」
「あ、走らないで……」
男性が声を発した時には、すでに私は小走りになっていた。
「急がなくてよかったのに。……足、痛くないですか?」
たどり着いた私を見上げ、目尻を下げて笑った。
コメント
1件
第23話、読みました。コンビニで身なりを整えるまでの一連の流れがすごく丁寧で、足の痛みや指輪をなくした後悔、そして見知らぬ紳士のさりげない優しさ——どれもが生々しく伝わってきました。特に「走らないで」と静止される直前の小走りなシーン、ヒロインの焦りと気まずさが一気に詰まっていて印象的でした。彼女がこの夜をどう受け止めるのか、次の展開が気になりますね。