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「……っ!」
夢から目覚めたエステルが、勢いよく体を起こす。
全身に汗をかき、息が詰まりそうなほどに胸が苦しかったが、何度も深呼吸を繰り返すと、次第に思考がはっきりしてきた。
「夢、だったのね……よかった……」
ここは神殿ではない。
森の中にあるアルファルドとミラの隠れ家だ。
ここに、レグルスはいない。
そう理解してほっと安堵したものの、体は重いままだ。
(喉が渇いた……)
水が飲みたくなったが、体が怠くて動けない。
とはいえ、ここには神殿のように呼鈴などないので、自分で水を汲みに行くしかない。
ベッドからよろよろと立ち上がって廊下に出る。
けれど、二、三歩ほど歩いたところで、頭がくらくらして動けなくなってしまった。
どさりと床に座り込むと、居間のほうからこちらへ駆けつける足音が聞こえた。
「エステル、大丈夫か!?」
「アルファルド様…………ひゃっ」
目の前にしゃがみ込んだアルファルドにいきなり頬に触れられ、エステルの口から思わず変な声が漏れる。
しかし、アルファルドは深刻そうな表情のままだった。
「……酷い熱だ」
体が重いのは悪夢にうなされたせいかと思ったが、どうやら発熱していたらしい。
解熱薬はあっただろうかとエステルがぼんやり考えていると、アルファルドが呟いた。
「私のせいだ。すまない」
「え?」
「私が、王城の騎士たちが君を探していただなんて言ったから……。黙っていればよかった。それに、君に掛けた聖女の力を封じる魔法にも問題があったようだ」
「問題、ですか?」
アルファルドがうなずいた。
今までエステルの聖女の力を無理やり抑え込んでいたが、発散できずに溜まった力が暴走しかけているのだという。
「熱を出したのも、きっとそのせいだ。別の方法を試すから、ここで少し待っていてくれ」
「はい……」
アルファルドはそう言ってどこかへ行くと、またすぐに戻ってきた。
その手には、丸い宝石のようなものが見える。
(綺麗……)
美しい輝きにエステルが見惚れていると、アルファルドはその宝石を魔法でペンダントに変えた。
「強力な魔石だ。これに君の力を吸収する魔法を掛けた。……神官が感知することもできないから、居場所が知られることはないはずだ」
アルファルドは、エステルが聖女の力を封じたがっていた理由を悟ったのだろう。
一番必要なことを、きちんと分かってくれた。
アルファルドがエステルの首にペンダントをかけて呪文のような言葉を唱える。
すると、さっきまで怠くて仕方なかった体がだいぶ楽になるのを感じた。
「ありがとうございます。それから、本当にすみません。アルファルド様は面倒ごとに巻き込まれたくないと仰っていたのに。もしご迷惑でしたら、わたし……ここを出ていきます」
ミラにはどこにも行かないと言ったが、アルファルドにとってはやっぱり迷惑かもしれない。 そう思ったのだが。
「君が出ていく必要はない。そう言っただろう」
アルファルドがきっぱりと言い切った。
「は、はい、ですが、必要はなくても出ていったほうが確実に安心でしょうし……」
危険があってもアルファルドがいれば守ってもらえるかもしれないが、そもそもエステルがいなければ危険なこと自体起こらないのだ。
災いの種はないほうがいいに決まっている。
しかし、アルファルドは少し口に出すのを迷うような素振りを見せたあと、エステルから目を逸らして答えた。
「出ていく必要がないと言ったのは、君に出ていってほしくないという意味だ」
「え……」
返事をできずにいるエステルに、アルファルドが手を差し伸べる。
「もう立てるか? 部屋でゆっくり休むといい。あとで薬を持っていく」
「は、はい……」
「もう一度言うが、君が出ていく必要はない。分かったな」
「は、はい……」
それからエステルは、アルファルドに見守られながら部屋に入ると、先ほどとは違う熱っぽさを感じながら、布団の中に潜り込んだのだった。
◇◇◇
「うーん、よく寝た……」
翌朝、エステルは気持ちのいい目覚めを迎えた。 体はすっきりと軽く、熱っぽくも怠くもない。
「このペンダントのおかげかしら?」
カーテンを開け、朝の光にかざすと、赤い宝石はきらきらと流星群のような輝きを放った。
「やっぱり綺麗ね。でも……」
宝石の輝きを眺めているうちに、エステルは妙な既視感を覚えた。
「この宝石、どこかで見たことあるような……」
しばらく考えてみたものの、どこで見たことがあったか思い出せない。
おまけに、だんだんと宝石がミニトマトに見えてきて、朝食の準備をしないといけないことを思い出した。
「ミラとアルファルド様、昨日の夕食はちゃんと食べたのかしら」
また以前のようにじゃがいも、チーズ、目玉焼きしか食べていない可能性がある。
「朝食はしっかりしたものを作ってあげないと……」
エステルは手早く着替えを済ませると、急いで台所へと向かった。
◇◇◇
張り切って台所へやって来たエステルだったが、そこにはすでにアルファルドとミラが並んで立っていた。
よくよく見てみると、二人は朝ごはんを作っている。
(ミラとアルファルド様が、こんな早起きして……?)
目を丸くして驚いていると、エステルの気配に気づいたらしいミラが振り返った。
「エステル、おはよう。具合は大丈夫?」
心配そうに眉を下げ、エステルの体調を気遣ってくれる。 きっと昨日、アルファルドから聞いたのだろう。
「心配してくれてありがとう。もう大丈夫よ。もしかして、わたしの代わりに朝ごはんを作ってくれてたの?」
「うん! もうすぐ出来上がるから、エステルはテーブルで待っててね」
ミラがにこっと笑ってテーブルを指差す。
エステルは、いいのかしらと思いつつ、遠慮がちに椅子に座る。
たまに台所の二人に目をやり、そわそわしながら待っていると、やがてミラがカトラリー、アルファルドが料理を運んできた。
「わあ! 美味しそう!」
テーブルには、パンとジャム、目玉焼きにベーコン、それから野菜のミルクスープが次々と並べられ、とても豪華な朝食だ。
「僕、お野菜切るの手伝ったんだよ」
「まあ、ミラが? すごいわ! お料理上手ね」
「えへへ」
エステルは褒められて照れるミラの頭を撫で、今度はアルファルドにも礼を言う。
「アルファルド様もありがとうございます。こんなにいろいろ作ってくださって、大変だったでしょう?」
「そんなことはない……と言いたいところだが、少し大変だった。君はいつもこんなに手間をかけて作ってくれているんだな。ありがとう」
アルファルドからの感謝の言葉に、エステルは驚いた。 それから、胸がつまるような喜びが湧き上がってくるのを感じた。
「い、いえ、わたしが作りたくて作っているので……。それに、いつも美味しいと言ってもらえるから、それだけで苦労も吹き飛びます」
顔が熱くなるのを自覚しながら答えると、ミラが身を乗り出してきた。
「ねえねえ、エステル、早く食べてみて!」
「そ、そうね! いただくわ」
エステルが早速ナイフとフォークを手に取る。
目玉焼きにナイフを入れると、半熟の黄身がとろりと流れ出てきた。 エステルの好きな焼き加減だ。
ベーコンと一緒に食べると、黄身の甘みとベーコンの塩気がちょうどいい具合で、思わず頬が緩んでしまう。
「美味しい〜!」
「ほんと? スープも美味しい?」
「ええ、ミラの切ってくれたお野菜がいい味出してるわ」
「えへへ、よかった〜」
いつもの食卓も楽しいけれど、こうやって誰かが作ってくれた食事をいただくと、また違った幸せを感じる。
(ご褒美みたいな朝食だわ)
エステルがにこにこと上機嫌でパンを頬張ると、アルファルドの席から、ふっと笑うような声が聞こえてきた。
「……君の言うとおりだな。作ったものを美味しいと言ってもらえると嬉しい」
そう言ったアルファルドの微笑みがとても柔らかで、嬉しそうで、エステルは思わず息を呑んだ。
急に固まってしまったエステルをミラが心配そうに見上げる。
「エステル、大丈夫? パンがのどに詰まっちゃった?」
「あ……ううん、違うの。美味しくてびっくりしちゃっただけで……」
「それならよかった。おかわりもあるから、たくさん食べてね」
「ええ、そうするわ。ありがとう」
なんとかミラを誤魔化したものの、エステルの鼓動はどんどん速くなっていく。
(笑顔を見ただけでこんなにドキドキするなんて、わたし、どうかしてるわ……)
その後、平常心を装って食事するエステルだったが、フォークでスープを飲もうとして、ミラに慌てて止められたのだった。