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「皇太子だよ。リース皇太子殿下に、招待されたんだ」
「り、リースに!?」
アルベドの言葉に思わず素が出てしまい、しまったと私は口を塞いだ。
幾ら、皇太子と顔を合わせる機会がある聖女とは言え親しげに呼び捨てなど、怪しまれるに決まっている。いや、結構前から気づいているだろうけど。
そんな私の反応を見て、案の定アルベドは「随分とした親しげなんだな」とハンッと鼻を鳴らしながら笑っていたが、その満月の瞳が笑っていないところを見ると、あまりいいようには思っていないらしい。私は咳払いをしてごまかしながら、どうして呼ばれたのか話を戻すことにした。
「そ、それで、どうして皇太子殿下に?」
「………ん? ああ、多分この間の礼に、だろうな」
「この間って、あの調査の?」
「それで、合ってる」
と、アルベドは、何処かイラついたように返事をした。
何に対して怒っているのか、イラついているのか分からずこれ以上機嫌を悪くされたら困るので、私は彼の気に触れないようにとわざとらしい笑みを作る。
「へ、へえ、皇太子殿下も見る目があるって言うか……直接招待されたって事でしょ?」
「お前、それ気持ち悪いぞ」
「き、気持ち悪いって、ストレートに言わなくても!」
「俺の前だから、そんな気ぃはるな。素で良い。俺の機嫌を取ろうとしなくても、気にするな」
「だ、だって、アンタが何か、機嫌悪そうに」
「俺が?」
「うん」
私がそう言えば、アルベドは少しだけ考えるそぶりを見せた後に、ふっと息を吐いた。
そして、ゆっくりと私に視線を合わせてきた。その眼差しは、いつもの鋭いものではなくて優しいものだった。それが何故かむず痒くて、つい目を逸らすと、彼は途端に噴き出した。
「何か可笑しいことでもあったの?」
「いや、ずれたこと言うなあと思ってな。そういう風に見えたのか」
「そういう風って……明らかに機嫌悪かったじゃん」
そう言い返せば、彼はそうだっけか、と首を傾げた。
絶対そうだった。と言おうと思ったが、彼なりに理由があったのかもしれないと思い直し、黙ることにした。
すると、彼は口角を上げて私を見てきた。
「別に、機嫌が悪いわけじゃない。ただ、面白くないだけだ」
「面白くない?」
「お前が……いや、何でもない」
「何よ。そこで止めないでよ。気になるじゃん」
そう詰め寄れば、彼はいわないとでも言うように口をとがらかすので、私は仕方なしに折れた。別に、絶対に聞きたいないようではなかったし、話してくれないなら話してくれないで良いと思った。彼の性格から考えて、何度聞いてもはぐらかしてくるだろう。回避スキルが高いのだ。
私が折れたことを見計らって、アルベドは先ほどの話の続きを始めた。
「お前の行ったとおり直接だ。皇宮からの一斉の招待状じゃなくて、皇太子殿下直々のな。まあ、皇宮の奴らが俺ら闇魔法の貴族を呼ぶとは考えられないし、そもそも皇太子の誕生日にはまず呼ばないだろう」
「前は呼ばれていたの?」
「ああ。だが、まあ、そこでいざこざがあって以降呼ばれなくなった……いや、絡んできたのは光魔法の貴族達だった。それで、怒った闇魔法の貴族達は、それ以降皇宮主催のパーティーやら貴族のパーティーに招待されるたび、その招待を蹴った」
と、アルベドは話すとため息をついた。
闇魔法の者達が全員悪いわけではないと分かっていたが、そんな理由で呼ばれなかったのかと私は内心驚いた。呼ばれていないというか、自らその招待を蹴っているというか。
しかし、よく考えればそれも当然だろう。皇宮内、この帝国かぎらず闇魔法は悪者扱いされているのだから。
悪くないのに、悪者に仕立て上げられて。勿論、闇魔法は人の悪の感情を利用したり、人を魔法で呪ったりも出来る危ない魔法でもある。だから、そういうイメージがつくのは分かるし、それを悪用すれば、一気に悪者だって言われかねない。だけど、アルベドみたいにイイ奴もいるわけだし。
「何で仲良く出来ないのかな……」
私がそうぽつりと零せば、何故だか頭をワシャワシャと撫でられ私はちょっと! と声を上げてアルベドを見る。
「何すんのよ!」
「お前は、良い子だよな」
「子供扱いしないでくれる!?」
「実際ガキだろう」
「ぐぬぅ……」
そういえば、アルベドは私のことを何歳だと思っているのだろうか。エトワールの身体年齢は、二十歳もいっていないだろうが、中身は二十一なのだ。だから、アルベドとそう変わらないと思うし、見た目だけで子供と言われるのはむかつく。実際にリュシオルにも子供みたいねと言われるから今に始まったことではないのだが。
そう言いながら、私の頭を撫でるアルベドは心底嬉しそうな表情を浮べていた。何だか、認められたような、同士を見つけたときのような顔。凄く、喜びに満ちていて、見ていて何だか眩しかった。
(ほんと、ころころ変わるから分からない……)
頭上の好感度がピコンと音を立てて上昇したが、それを確認する余裕は私にはなかった。
「ちょっと、いつまで私の頭に手を置いているのよ。せっかく綺麗にしてもらったのに……」
「わりぃ、わりぃ、ついな」
「ついって……ほんと、私のこと何だと思ってるのよ」
そう言って睨めば、彼は私を見下ろして笑みを浮かべた。
その笑顔があまりにも優しくて、ドキッとした。いつも意地の悪い笑みや、皮肉げな笑い方しか見たことがなかったから余計にそう感じてしまったのかもしれない。
そんなことを考えている間に、アルベドは立ち上がった。
「何処に行くの?」
「ん? あー、もうそろそろ帰ろうかと思ってな。もしかして、一緒にいて欲しいのか?」
「な! なわけないじゃん、ど、どうぞお帰り下さい」
「つれねぇなあ」
何て言いつつもニヤニヤと笑うアルベドは矢っ張り性格が悪いと思う。
アルベドは、リースに呼ばれてきたといったけれど、彼に挨拶をしずに帰るつもりなのだろうかと私はふと思ってしまったのだ。だが、あの会場内でリースに挨拶……とは、またハードルが高いだろう。何せ、本来なら呼ばれるはずなかった人間なのだから。
(かなり、ストーリーとずれているんだよね……本当に、このイベントではアルベドは出てこないはずだったし……)
リースの中身が遥輝だからか、それとも私が悪役だからかどちらが原因かは分からないが、やはりストーリーが違うことに違和感というか、こうでなくっちゃ動きようがない! というか、私は、この後どんな風に動けば良いか分からなかった。トワイライトが、本物のヒロインが出てきている時点で、彼女のハーレムストーリーが始まるものだと思っていたが、そういう気配もないし。勿論、彼女に皆興味という興味はあるみたいだが……
「リース殿下に、挨拶は良いの?」
私は、取り敢えず引き止めるために、アルベドにそう質問を投げた。彼は、暫く考え込んだ後、そうだなあ……何て、空中に意味のない形を画きながら私の方に視線を戻した。満月の瞳は美しく、紅蓮の髪は風に靡いていて、花の匂いがした。その姿は、男性とは思えないぐらい優美で妖美で。思わず見惚れてしまう程だった。
「確かに、皇太子殿下に呼ばれたのに挨拶なしに帰るのは俺でも気が引ける。だが、あの貴族達の間を縫って皇太子に会いに行ける気もしない」
「そう、そう……確かに、そうだと思うけど……」
私の考えていたことと全く同じ事をいったため、私は挙動不審になりながら返事をした。
アルベドもそこの所は矢っ張り理解しているようで、私ですら人を押しのけてリースに挨拶……会いに行くなんて事出来る勇気がなかった。アルベドなら尚更かも知れない。
私達は、結局呼ばれざるものなのだから。
そう思うと、何だか少し心強い気もしてきて、私はプッと笑ってしまった。それを見て、アルベドがピクリと眉を動かす。
「何だよ。いきなり笑い出して。変なものでも食ったか?」
「何でそうなるのよ……ちがくて、何て言うんだろ。こういうのって、嬉しいのかな。仲間を見つけたみたいな、そんな気持ち」
「仲間ねえ……」
自分でいって何だけど、仲間とはまた違うような気もして、私は訂正したくなったが、アルベドも少し考えた後、そういうことだな。と半場諦めたのか、納得したのか分からない返事を返したので、私はそれ以上は何も言わなかった。でも、アルベドも複雑だと思う。私の言った仲間とは、その除け者仲間みたいなものだったから。私がそんなことを言われたら怒ってしまうだろうから。
しかし、彼が嘘であれ、そう思って、肯定してくれていることが素直に嬉しかった。何だか、自分が認められたような気がするから。
私が笑っていると、何を思ったのか急に頭をポンポンとされた。
何で!? と驚いている間に、そのまま撫でられてしまい訳が分からなくなる。どうせまたからかっているに違いない。
「お前の言うとおりだな。一応、招待してもらった身、挨拶に行かねえとな」
「わ、私も行く」
「お前も? 何で?」
背を向けて歩いて行きそうなアルベドの服を掴んで止めれば、不思議そうにこちらを見下ろしてくる。
「私も、その、挨拶してないから、お、おめでとうっていいに行かなきゃ」
「あっそ。勝手にしろ」
と、何故だか先ほどとは違って機嫌が悪そうにアルベドは返すとずかずかと歩き始めた。そのスピードは思った以上に早く、私は置いてかれまいと彼の後を追った。
そうして、オレンジの木が並ぶ庭園を抜けようと曲がり角をまがったとき、ドンッとこちらに向かって走ってきた相手とぶつかり、私はそのまま後ろに尻餅をついた。
「いたっ……」
幸い、柔らかい芝生の上だったので怪我はないが、私は勢いよく転んだせいで立ち上がれずにいた。すると、スッと目の前に手が伸びてきて私は一体誰がぶつかってきたんだと顔を上げると、目に飛び込んできたアメジストに目を丸くするほかなかった。
「すみません、大丈夫ですか?」