「まあ、では、夫婦の仲が、悪くて、餌を貰えないのね?うーん、猫どころではない、というほど、険悪な仲なのかぁ」
守恵子《もりえこ》の言葉に、黒猫が、しゅんとしている。
「そうね、ならば、餌時には、私の所へ来なさい。タマと一緒に、餌を用意させましょう。そうして、暫く、様子を見てみましょう」
「はい、次の猫さん!」
「……タマ、お前、疲れないの?」
次々に、猫をさばいて行くタマを見て、守恵子は、ふう、と、息をつくが、額には、汗が滲んでいた。
「えっと、タマは、座っているだけですから、あんまり疲れません。守恵子様の稽古の方が、疲れました」
「あら、そうなの」
守恵子のお悩み相談は、大盛況で、猫が、次から次へとやってくる。概ね、飼い主に対しての不満──、猫に暴力を振るう。嫁姑の仲が悪く、どちらに猫が懐いているかと、取りあいになる。夫婦仲が悪くて、猫の世話を相手へ押し付けあう。等々、猫にとっては、とばっちり以外、なにものでもない物ばかりだった。
そこへ、にゃーと、妙に高飛車な鳴き声を発する猫が現れた。
にゃーにゃーと、数匹の猫が、周りの猫を蹴散らすように、威嚇している。
「あー、一の姫猫だあ!」
「え?!一の姫猫?!」
「そうなんです。内大臣様の御屋敷猫で、自分は、一番の姫君なんだって、お供を引き連れて、練り歩くんですよー」
「ちょっと、タマ、内大臣様の御屋敷の?だったら、外へなんて、出してもらえないでしょうに」
「へへへ、それが、出ちゃうですよねぇ、タマだって、こっそり夜中に、あっ!!言っちゃった!」
まあ、と、守恵子は、呆れながら、ふと、一の姫猫に目をやる。
お供猫が、他の猫を蹴散らして、姫猫の為に、とおり道を作ってやっていた。そして、悠々と、姫猫は、歩んで来るのだった。
「まあ!そこの猫!順番ですよ!皆の様に、並びなさい!」
守恵子の怒りに、姫猫のお供
が、ふぎゃー!と、威嚇してくる。姫猫も、フゥー!と、毛を逆撫でた。
「まあ!なんて、猫達なの!」
怒る守恵子へ、他の猫達は、にゃーにやーと、なだめるかのように、鳴いている。
一方、房《へや》の片隅では、守満《もりみつ》と常春《つねはる》が、互いに、起こった事を報告し終えていた。
「……成る程、そうだったのか。そして、今は、表門に牛を放っている、という訳だな?」
「はい、守満様。野次馬もやって来て、人だかりも、上手い具合に。しかし、そこから、先が……」
「案ずるな、常春よ。皆、良くやってくれている。きっと、上手くいくさ。いや、行かせないと、いけないんだ……けど……なんだ、あれは?守恵子は、何故、怒っているのだろう?」
「タマが、また、何かやらかしたのでは?」
中庭に向かって、叱りつけている、守恵子の姿に、守満、常春共に、目を見張った。
「おい、守恵子や、どうした、その様に声を荒げて」
兄の問いに、守恵子は、ハッとして、兄上!と、守満を呼んだ。
「何か問題が起こったようだ、覗いてくるよ」
「では、私は、表門へ、どうなっているか、伺ってきます。そして、くれぐれも……」
「うん、わかった。髭モジャと、橘以外は、信用しない。と、言うよりも、何事か起こったとしてもだな、これだけ猫が、いるんだよ?」
「え?猫の力を借りるのですか?」
常春の言葉に、あっと、守満は、息を飲む。
「そうか、猫の手も、借りたい。タマは、それが、言いたかったんだ。それで、猫を呼んだのか」
「ええ?!」
「きっと、そうだよ!」
ハハハと、笑い合う二人に、守恵子の激が飛んで来る。
「兄上!力を貸してください!もう!この、姫猫ときたらっ!!」
やれやれと、守満は、肩をすくめた。
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