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ほどなくして隣に滑り込む夫の気配。
背を向けて寝ている私の肩に手が掛かる。
えっ、私は驚いた。
『もう私は寝るんだよー』そう胸の内で呟いた。
けれどあってないような抵抗も空しく夫の手が、指が、やさしい動きで
背後から私に刺激を与えてくる。
そして『桃、起きて。……したい、桃を愛したい』囁きが耳に入る。
「お願い、スモール電気を消して」
「わかった」
夫がスモール電気を消し、ベッドの側まで戻ると、下着代わりに来ていた
Tシャツを脱ぎにかかるのがうっすらと暗闇の中で見えた。
上半身裸になった俊が私の側へ来ると、肩から首筋周りにかけてレースで
縁取られている、私の着ているサテンのネグリジェの胸元辺りを指でなぞり、
次に唇で愛撫を始めた。
しばらくの間その辺りを唇が彷徨う。
この唇は……次はどこを辿るのか、そんなふうに俊の口づけを受け止めていると、
ユルユルと次は首筋へと上がってきた。
それは、最初は羽が触れるようなフワリとした口づけだった。
それが耳の近くになると強く嬲るようなものに変わり、そのまま
私の口元まで辿りついた。
そして強く私の口を塞ぐように何度も緩急をつけて唇と口腔の中を貪りつくす。
『やだっ、なにっ、吸引力半端なくて私の唇というか、上唇がむちゃくちゃ
腫れそうなんだけど……』
同じ場所を嬲るのは止めてほしいと抗議の言葉を出しそうになった頃、
彼の唇が私の口元から離れた。
ひゃあ~、私は静かに安堵の息をそっと吐く。
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虫も殺さないような顔をして、私に平気な顔で揺さぶりをかけてくるのだ。
そんな悪い男なのに、悪い人間に見えないのだから始末に負えない。
「桃、これ……脱いで」
俊の指示の言葉で私たちは共同作業に入る。
脇ぐりを大きくとってあるネグリジェを下に引っ張り脱がしにかかる俊と、
身体を捩りながら片腕を大きめの襟ぐりから抜いて上半身からネグリジェを
脱ごうとする私との共同作業で私の胸や背中が空気に晒された。
……と途端、俊の唇が胸元へ落とされ、ブラの淵から緩急をつけた愛撫が
始まる。
そしてそれは、左の脇近くから右へと徐々にブラカップの形状に沿って順に
胸の谷間まで辿り、「桃が好き過ぎて困る……」と呟いたかと思うと、
またそのまま右側へとプラカップの淵沿いに唇で愛撫を続け、右脇まで
到達すると「苦しくて困る」とひと言……呟きが漏れた。
そんなことを言われる私だって困る。
旦那に自分の友だちと浮気された超絶惨めな女にそんなことを言うなんて、
なんて酷い人。
だが、ブラが外されると、いつものように私と夫との饗宴が始まるのだった。
『この行為をどう受け取れと? 苦しくて困っているのはこちらのほう』
この夜、桃は久しぶりに冷めた気持ちに徹することができず、
俊につられるように踊らされるように熱を込めて饗宴に参加して
しまうのだった。
そして宴の後、背に俊の体温を感じながら安らかな気持ちに包まれ……
忘れることが叶うなら、心からあの忌まわしい出来事を忘れたいと
願うのだった。
あの日から自分は一瞬たりとも幸せを感じたことはない。
だが今宵ひと時、嘘か誠か裏切り者の本心がどこにあるのかという疑念も
どこかへうっちゃり、何も頭に浮かべず何も心を泡だたせずフラットにし、
ほんの短い瞬間ではあるけれど桃は心の平安と喜びに包まれながら静かに
眠りについた。
翌朝目覚めてすぐに思ったのは『私はまた幸せになれるの?』だった。
昨夜、俊と交わしたメイキングラブには、やり直せるかもしれないと桃に
思わせるほどの熱量があった。
しかし、起き出してくる俊に笑顔で応えられるほどの余裕のない桃は、
先に目覚めたのをこれ幸いと素早くベッドからするりと抜け出した。
ほど良い肉体疲労と少しの心地よさに桃の気持ちは久しぶりに弾んだ。
そしてそれと共に心に浮かんだことがある。
それは本当にごく自然に浮かんだのだ。
『デッサン教室のモデルも辞めようかな』だった。
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◇吹き荒れる嵐
自助努力で右往左往しながらようやく精神的に自分を安定させて
過ごしていたというのに、夫のあまりの号泣ぶりに少し気持ちが
不安定になってしまった桃。
そして、大きくすれ違った気持ちを抱えたまま過ごしてきた水野夫婦の
無数の波紋に、一滴の雫がこぼれ落ち……。
睡眠をたっぷりと貪れる土曜の朝、ゆっくりと起きてきた夫と娘との3人での
ブランチを終えて少しした頃に、その桃の元へとんでもない人間から連絡が入った。
知らない番号からの電話があり、ついうっかり深く考えず桃は
電話を取ってしまう。
それは二度と会いたくもないし話したくもないと思っていた
人物からのものだった。
その人物の電話はブロックしていたはずなのに、友人かきょうだいか、
誰かの携帯電話を借りたのだろう、抜け抜けと掛けてきたのだ。
それは自分たち夫婦を破滅の道へといざなった張本人の淡井恵子からの
ものだった。[午後4:00~俊は奈々子の子守をしていた]
「恵子だよ、やっほー。やっと出てくれたね」
「……」
すぐに切ればよかったものを桃はあまりの驚きで切ることも忘れて
相手の垂れ流される戯言を聞いてしまった。
「桃はさぁ、私とあんたの旦那さんとのことはただの浮気だと思ってるんでしょ?
でないと、普通離婚するよね?
自分の友達とsexするような旦那と今も結婚生活続けてるんだから、
ただの浮気と思って彼のこと、許してるんだよね」
桃がだんまりを続けていると、尚も好き勝手にしゃべり続ける恵子。
「今度久しぶりに会わない? って旦那のこと誘ったら二つ返事で来るって。
ふふっ。次の日曜の3時、って明日よぉ~。
ホテルで部屋取ってるんだぁ。
ねっ、嘘だと思うなら来てみればぁ~。
そんな勇気ある? 魅力的な女でごめんね?
なぁ~に、その無反応。まっ、いいけどぉ~。
最後にぃ、謝っとくね。
女子力高くてごーめん……それとぉ~、あざとくてごめん……ひひっ、
ムカついた? 可愛く生まれるって罪なのね~、じゃあねんっ」
言いたいことだけ言って恵子は電話を切った。