テラーノベル
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そして日曜日。凛は少し遅めに目を覚ました。
トーストとコーヒーの簡単な朝食をとりながら、昨日の出来事を思い返す。
神社を参拝したあと、颯介は凛を銀座の高級寿司店へ連れていってくれた。
カウンターに並んで座り、目の前で握られる絶品の寿司を堪能する。
隣同士だったおかげで視線を気にせずに済み、凛はリラックスして食事を楽しめた。
そのうち緊張もすっかりほどけ、思いのほか会話も弾んだ。
颯介は車の運転があるため酒は控えていたが、凛は勧められるままに日本酒を少し口にした。
ほろ酔いも手伝って、より気負わずに話せたように思う。
食事を終えると、颯介は家まで送ってくれた。
その道中も終始紳士的で、凛は心から楽しい時間を過ごせたと感じていた。
その一方で、胸の奥には小さな悩みが芽生えていた。
「彼を堕とさなきゃいけないのに、私が先に堕ちててどうするの!」
思いがつい口に出てしまい、凛は深いため息をつく。
テーブルの上には、昨日颯介に買ってもらったネックレスが置いてある。
(こんな素敵なプレゼントまで……。このあと私はどうすればいいの?)
颯介を『堕とす』と意気込んでいたはずの凛は、思うように進まない状況に、どう動けばいいのかわからなくなっていた。
そのとき、突然ひらめいた。
「そうだ! こんなときこそ、男心も女心も両方わかる紅子さんにアドバイスをもらわなくちゃ!」
そう思い立った凛は、新宿二丁目へ向かった。
まだ日が沈む前の早い時間、凛は『紅子デラックス』の扉を押し開けた。
「あらあ、凛ちゃんいらっしゃーい! 今日も一人なの?」
「はい……実は、紅子さんにまた相談したいことがあって、一人で来ちゃいました」
「あらあ、例の彼のことね。とりあえず座ってちょうだい」
紅子は凛をカウンター席に座らせ、おしぼりとお冷を差し出した。
「で、アドバイスってどんな話?」
促されるまま、凛は颯介とのこれまでをすべて話した。
「まあっ! 『俺を堕としてみろよ』ですって? ちょっとぉ、何、その素敵ワード♡」
紅子は頬に手を当て、身をよじって大げさに反応する。
「しかも突然ジュエリーのプレゼント? そのあと青春映画みたいに手を繋いで銀座の街を駆け抜けて、神社でお参り? そして締めは大人しかいない高級寿司店でディナー? いやだもうっ! そんなの完璧すぎるじゃないのっ♡」
「はい。最高の一日でした。まるでシンデレラみたいで……」
「だったら、問題ないじゃない」
「それはそうなんですけど……でも、まったく彼を堕とせていないんです。だから、これからどうすればいいのか……」
そのとき、スタッフのナッツがビールを持ってきた。
「凛ちゃん、ビールでいいよね?」
「あ、ありがとうございます」
凛はさっそくひと口飲んで喉を潤す。
その間、腕を組んで考え込んでいた紅子が、ふっと顔を上げた。
「自然体でいいのよ、凛ちゃん」
「え? 自然体……ですか?」
「そう。前にも言ったけど、そのままの凛ちゃんで十分魅力的なんだから、あれこれ策を練る必要なんてないわ。ただありのままの凛ちゃんを正直にぶつけるだけ!」
「ありのままの私を、正直に……?」
凛はその意味がつかみきれずに聞き返した。
「そう。あ、でも『ありのまま』って言っても、会社や友達の前の凛ちゃんとは少し違うわよ」
「違うって……どんなふうに?」
「うーん、そうねえ……まずは、素直になること」
「素直?」
「素直っていっても、可愛く振る舞うとかそういうことじゃないの。例えば、思っていることを正直に伝える。気になることがあればはっきり聞く。してほしいことがあれば我慢しないで言う。とにかく、自分に嘘をついたりごまかしたりせず、相手に誠実に向き合うってこと。たぶんそれだけで、ちゃんと伝わるわ」
「……誠実に、ですか? でも、それだけで彼は堕ちてくれるでしょうか?」
「堕ちるも堕ちないも、嘘の自分で接してたら一瞬で終わるわよ。そうならないためにも、本来の自分をちゃんと見せて、いいところも悪いところも知ってもらう。それを受け止めた上で好きになってくれる人じゃないと、そもそもうまくいかないもの。だから、正々堂々、ありのままでいきなさい!」
「…………」
凛は、本当の自分をさらけ出しても好きになってもらえるのか、自信が持てずにいた。
その気配を察したように、紅子が続けた。
「彼はこれまで相当モテてきたと思うの。だから、必要以上に自分をよく見せて近づいてくる女なんて山ほどいたはずよ。でも、それじゃ満足しなかった。つまりね、本音で付き合える女性、心から安らげる女性、喧嘩もできて癒しにもなる……彼はそんな相手を求めてるんじゃないかしら?」
「喧嘩もできて、癒しにもなる……?」
凛は、昨日の銀座での出来事を思い返す。
奈美から逃げるように手を繋いで走ったとき、颯介はどこか楽しそうだった。
神社で紅葉を眺めながら並んで歩いたときも、穏やかでくつろいでいた。
(彼が求めているのは、ああいう時間なのかな?)
その光景を思い浮かべると、紅子の言葉の意味がすっと腑に落ちた気がした。
次の瞬間、凛はぱっと顔を明るくし、笑顔で言った。
「紅子さん、ありがとう。すごくためになりました。私、頑張ります!」
「そうそう。悩んでないで、いい男にはガツンと体当たりしなきゃ! あなたはまだ若いんだから」
「はい。うじうじしてる場合じゃないですよね。あ~、なんか安心したら急にお腹がすいちゃった。紅子さん特製の『焼きめし』ひとつください!」
「はーい、今作ってくるわね~。ちょっと待ってて」
紅子は軽くウインクして、奥の厨房へ消えていった。
凛は、胸の奥にふつふつとやる気が湧き上がってくるのを感じていた。
(よーし! 喧嘩だってなんだってしてやろうじゃないの! 見てなさいよ、イケオジ~!」
そう心の中で宣言すると、凛はにっこり微笑み、ビールをもう一口ぐいっと飲んだ。
コメント
45件

っていうか颯介さん、すでに堕ちてると思うのですが…。

虹子さんのアドバイス良いわー🩷ありのままの自分を曝け出しても受け入れてもらえる相手 逆に相手も凛ちゃんにさらけ出せてそれを受け入れられる人 そんな二人なら一生幸せで楽しく暮らせるよね 凛ちゃんと颯介さんならそんな二人になれるね❣️がんばれー 2人とも
自分を飾らないで、素直に思いのままに接したら良いんだね。 嫌われないように。とか考えずに頑張れ👍