風呂から上がった健吾は冷蔵庫の前へ行くと、ペットボトルの水を取り出してゴクゴクと飲み始めた。
それから窓際へ行きソファーへ腰を下ろして窓の外を眺める。
42階から眺めるこの景色は、健吾も気に入っていた。
一面ガラス張りの窓から見える景色は圧巻だ。
ここからは都会の街並みが一望できる。
夜になれば少し遠くに東京タワーが煌めき、ビル群は摩天楼のような輝きを放つ。
そんな景色を女に見せたらきっとイチコロだろう。
しかし、健吾はこのマンションへはそういった類の女達を一度も入れた事がなかった。
以前住んでいたマンションには、頻繁に女を連れ帰っていた。
そして女の耳元で甘い言葉を囁いては、何度も熱い夜を過ごしたものだ。
しかしこのマンションに越してからはそういった事は一度もない。
(あの頃は俺も若かったんだな…)
健吾は思わずフッと笑った。
それにしても今日は驚いた。
英人の事務所から見たあの女性がカフェにいたからだ。
二年前に初めて理紗子を見た時、なぜか健吾は強く彼女に惹きつけられた。
あの時以来理紗子の事がずっと気になり、用もないのに英人の事務所へちょくちょく顔を出したりもしていた。
そんな健吾の事を英人は不思議に思っていたようだ。
それ以外でも、あの近辺に用事がある時は必ずあのベンチの前を通るようにしていた。
しかし、その後二度と理紗子に会う事はなかった。
あれから二年の間、時折理紗子の事を思い出してはいたがもう会えないだろうと諦めていた。
それなのに今日偶然再会するとは…。
いや、再会したと思っているのは自分だけで、理紗子は何も知らないのだ。
しかしこの偶然の再会に、健吾は運命のようなものを感じていた。
彼女がペンを落とした事も、彼女の足にコーヒーがこぼれた事も、
もしかしたら神様がくれたチャンスなのかもしれない…なんだそんな気がしていた。
運命やスピリチュアル的な事は今まで全く信じていなかった健吾だが、
今日のような出来事を体験してしまうと、もしかしたら運命はあるのかもしれない…そんな風に思った。
そしてこの神様がくれたチャンスを決して無駄にしてはいけない。
せっかく再会出来た彼女をなんとか繋げておかなければ思い策を練る。
その結果、あの『偽装恋人』を思いついたのだ。
(彼女は果たしてこの提案を受け入れてくれるだろうか?)
健吾は美しい夜景を見つめたまま、また一口水を飲んだ。
午後六時、理紗子は洋子と約束した目黒の店にいた。
この和食創作料理の店には、二人でよく来る。
席が半個室で落ち着くし、料理が絶品なので二人のお気に入りの店だ。
理紗子が先に到着してから五分後に洋子も到着した。
「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃった!」
「大丈夫だよ、私も今来たところ」
「料理はもう頼んでくれた?」
「うん、いつものコースでいいよね?」
「オッケー、サンキュー!」
理紗子は二時間飲み放題付きのコースを先に頼んでおいた。
このコースは前菜から始まり、お造り、天ぷらなど、計九品のコース料理となっている。
その都度料理を頼まなくていいので、この店に来ると二人はいつもこのコースを頼む。
洋子が席に着くと同時に早速前菜が運ばれて来た。
『本日の前菜』は、ホタテとズッキーニのおろしレモンがけ、クリームチーズの味噌漬け、そしておろしシラスの三品だった。
そして更にカリカリじゃこのサラダとお造りも運ばれて来た。
二人はまず生ビールで乾杯した後、早速美味しそうな料理に箸をつけた。
「で、相談って何よ?」
「うん、あのさ、今日すっごいイケメンに出会っちゃってさ」
「イケメン?」
洋子がすぐさま反応する。
「そう! いわゆるスパダリ系っていうやつ?」
「一体何? ちょっと詳しく話しなさいよ」
洋子は急に前のめりになって理紗子に迫る。
理紗子は今日カフェで起きた事、そしてその後スパダリ男と銀座に行った事、
服や靴を買ってもらった後ランチをした事を全て話した。
「ひえぇーーーー! 何それ? えっ、服はどんなのを買ってもらったの?」
「最初の突っ込みがそれ?」
理紗子は苦笑いしながらバッグからスマホを取り出す。
今夜佐倉に買ってもらった服は今は来ていない。
そのまま着て来ようとも思ったが、高級な服を汚したら大変なので着替えきた。
しかし洋子が服を見たいと言い出すのは目に見えていたので、服を写真に撮ってあった。
早速その写真を見せると洋子が叫ぶ。
「うっわー素敵! 上品でセンスいいじゃん! 銀座二丁目のお店でしょう? 高いよね、きっと」
「多分、靴も入れたら20~25万円くらいしてるかも!」
「ひょえーーーすっご! その人ってトレーダーなんでしょう? え、なんていう名前?」
「名刺貰ったからちょっと待って…あ、これこれ!」
「ナニナニ? 佐倉健吾ね」
洋子はすぐにスマホで検索をかける。
するとすぐに健吾の記事が出てきたようだ。
「へぇー、25歳の時に株で一財を築き今は為替のトレーダーだって。不動産投資とカフェの経営、それにアウトドアブランド
の経営もやっているみたいね。これってマジでスパダリ男じゃん! え? ちょっと待って…写真も検索してみていい?」
洋子が健吾の画像検索を始める。
すると、証券会社のホームページに健吾のインタビュー記事が載っているのを見つけたようだ。
「キャーッなにこれっ! 超イケメンじゃないの! マジもんのスパダリ男だわ! 甘いマスク系だわー。額にかかる前髪がな
んかセクシー!」
洋子は興奮してそう叫んだ。
半個室内の席とはいえ、廊下との仕切りがないのでもうちょっと静かにしてよと理紗子が注意すると、
「ごめんごめん」
洋子はそう言って苦笑いをする。
コメント
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洋子さんも賛成してくれて背中を押してくれそう😉健吾がどんなふうに理沙子ちゃんを捕まえていくのか…スパダリイケメンの奮闘ぶりが楽しみ🩷
健吾さんはやっと探してた理沙ちゃんに会えて運命の出会いとまで言い切っちゃった🤭確かにこうなると手放せないよね〜🌟偽装恋人はとりあえずの策だしこの先どう展開するかとても楽しみ🤗 理沙ちゃんは健吾の気持ちなんて知る由もないけど、偽装でも恋人のふりをしてたらスパダリ健吾の魅力に取り憑かれそう💓