その頃、優羽は流星を寝かしつけた後机の前に座りノートパソコンを開いていた。
岳大の会社のスタッフになる事が決まったが、今のところまだ具体的な連絡は来ていない。
その時優羽は、自分が岳大についてほとんど何も知らない事に気付いた。
そこでネットで調べてみる。
するとすぐに岳大についての詳細な情報がいくつも上がってきた。
岳大の職業は登山家・山岳写真家。東京都出身で東京の大学を卒業していた。
登山好きの父親の影響で、幼い頃から父と共に国内の山々を回り高校で登山部に入部。大学でも山岳部に所属していた。
大学時代から三十代前半までは海外の山にチャレンジしていた。登頂成功の山には、エベレストよりも登頂が難しいと言
われている『K2』の名もあった。
その後、国内へ拠点を移し山岳写真家としての活動を始める。それと同時にアウトドアブランド『peak hunt5』を立ち上げ
る。
その他にも全日本山岳写真連盟の理事を務めたり、山や自然の保護活動、登山道整備や登山の普及活動などのボランティアにも
積極的に関わり、母校の大学では客員教授として教鞭もとっていた。
岳大が撮った写真は広告業界や出版業界で頻繁に採用され、既に写真集も三冊出版していた。
岳大の経歴を一通り読み終えた優羽はこう思った。
「凄い人だったんだ……」
そんな凄い人のアシスタントをする事になったのだ。
優羽はまさか長野に帰ってからアパレルに関わった仕事が出来るとは思ってもいなかったのでまだ驚いている。
その時、以前岳大に掛けられた言葉が思い浮かんだ。
『どんな小さな事でも大切に! そうすれば夢は勝手に向こうからやって来ます!』
本当にそうかもしれない。
現に岳大の言葉通り、次から次へと優羽のやりたかった事が舞い込んでくる。
優羽は岳大の言葉通りになっている事に驚いた。そしてこのチャンスを決して無駄にせず精一杯頑張ろうと心に誓った。
その次の週、優羽はいつものルーティーンで仕事をこなしていた。夏休みに入り、
山荘もほぼ毎日満室の状態で、スタッフ一同は忙しい日々を送っていた。
そんな中、今日出勤のはずの舞子がまだ姿を見せなかった。
優羽がどうしたのだろうと思っていると、紗子が奥から走って来て言った。
「優羽ちゃん! 舞子さんのお母様がお亡くなりになったんですって!」
「え? そんなはずは…だってお母様は最近体調がとてもいいって一昨日舞子さんが嬉しそうに話していたのに?」
「そうなの、私も驚いたわ。でもね、急に倒れて救急車で運ばれたらしいのよ。で、早朝にくも膜下出血ですって」
紗子は神妙な顔つきで言った。
優羽はまだ信じられないという顔をしている。
「今日の清掃は、伊藤さんが代わりに出てくれる事になったから大丈夫なんだけれど、優羽ちゃんは手があいたら告別式の献花
の手配をしてもらってもいいかしら? 明後日の告別式には私と夫が参列するから、その間山荘の方は優羽にちゃんにお願いす
るからよろしくね」
紗子はそう言って慌ただしく二階にある自宅へと戻って行った。
優羽は心臓のドキドキが止まらなかった。舞子は大丈夫だろうか?
母一人子一人で暮らしていた舞子は、母親の事をとても大切にしていた。そんな舞子の今の気持ちを思うと、優羽はたまらなく心配になった。そこである事を思いついた。
優羽は携帯を取り出すと、兄の裕樹へメッセージを送った。
裕樹は山荘で結婚式があった日、舞子を自宅まで送っていった。
その際、舞子の母親と会ったと言っていた。
だから裕樹の都合がつけば、優羽の代わりに告別式へ出席してもらおうと思っていた。
メッセージを送った後しばらく待っていると、裕樹からすぐに返事が来た。
「僕が会った時は元気そうだったのに急でびっくりしたよ。舞子さんもさぞ気落ちしているだろうね。その日は俺が行って手伝
ってくるから、お前は心配せずに山荘の仕事を頑張れよ」
裕樹からのメッセージを見て優羽はホッと安心した。