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幼馴染を好きになる。
——そんなの、よくある普通の話だ。気心が知れていて、自分を無駄に飾る必要が無く、でも兄妹とかじゃないから倫理的にも問題無い。新鮮味には欠けるかもしれないが、あらゆる面で理想的な相手だといえよう。
いつから好きだったのかなんて、もう全然思い出せない。
物心ついた時には既に充の事しか見ていなかった。
『きよくんは大人になったらだれとけっこんするの?』
保育園に通っていた頃、そんな質問をされた事があった。
『んー…… みつるくんとかなぁ』
床にぺたんと座り、ミニカーを綺麗に並べながら正直に答えた。 深い意味の無い、ちょっと覚えたての言葉を使ってみたといった程度の質問だったと思う。
『えーみつるくん男の子だよ?きよくんも男の子だから、男の子どうしじゃけっこんできないんだよ。ヘンなのー』
変なの?どうして?
他の子と何か嫌だよ、よくわからない子とお父さんお母さんになるとか、想像するだけで気持ち悪い。
否定された意味も、理由も、あの時はイマイチ理解出来なかったが、自分が誰をどう思っているのかは『人には言っちゃいけない事』なんだという事だけは、子供心に深く感じた。
思春期になり、自覚を持って『誰かを好きになる』ことがあり得る時期がきても、やっぱり心の中心にいるのは充だけだった。相手が同性だってことは、別に俺にとっては問題では無かったんだ。
恋愛対象が男性のみだって訳ではない。
心は女性だとか、そういったのでもない。
ただ、充しか好きじゃ無かっただけだったから、自分の事をオカシイとは思わなかった。思わなかったが、誰にも言いはしなかった。保育園でのやり取り以来、この感情は他人にとっては“異常”であるという事を、徐々にではあったが、きちんと理解していったからだ。
想いが成就する事は無い。
でもその代わり、自分が充の一番の存在であろう。
嫌われない様に、頼ってもらえる様に、誰よりも安心出来る存在であり続けよう。
器用な方じゃ無いのに、充にとって有益となりそうな能力を身に付ける努力は怠らなかった。いつか『お前とだったら全部やってくれて楽そうだから』なんて理由でもいいから、一緒に暮らせないかなとか……そんな事を夢見て。
中学も後半に差し掛かり、急に『モテたい!』とか『一緒に筋トレしよう!』とか言い出した時は意味がわからないと思いながらも、充の望みならばどんな事でも叶えてあげたい一心で聞き入れたが——
(この仕打ちは、いったい何なんだ)
「『お願いだから、ある女性と付き合って欲しい』って、俺が頼んだらお前はどうする?」
「——え?」
二の句が続かず、自分の顔から表情が消える。
フザケルナ。
アリエナイ。
キモチワルイ。
絶対に——嫌だ。
そう叫びたい気持ちはあるのに、声が出ない。上目遣いでこちらを見る充がとても満足気な顔をしているせいで、余計にどうしていいのかわからない。
出しっ放しになっているシャワーの音だけが浴室内に響き、体や床に残る泡を勝手に洗い流していく。このままでいるわけにもいかず、無言のままレバーを捻ってお湯を止めると、俺は「……それは、流石に無理だ」とだけ呟いた。 湯気で曇った鏡に微かに映る自分の顔は蒼白で、至福の時から一気に谷底へと叩き落とされた気分だ。
(何故、今このタイミングでそれを言う?)
そう訊きたいけど真意を聞くのが怖い。きっと、放課後に何かあったんだ。それ以外に考えられなかった。
「そうか。そうだよな、うん」
ニッコリと微笑み、充が頷く。
「んじゃ出るか、清一の部屋行こうぜ」
欲しい答えを得られたのか、充は俺とは違って、至って普通の態度だ。
「あ、あぁ…… 」
扉を開けて、充が風呂場を出る。脱衣場にある洗濯機の上に置いてあったバスタオルで充は体を拭き始めたが、俺は室内で呆然としたままだった。
「冷えるぞ?ほら」
そんなことを言いながら、充がタオルで体を拭いてくれる。普段なら絶対にそんな事はしないのに、やけに親切で返って癪に触った。
「着替えも、手伝ってやろうか?」
「いい、大丈夫だ」
ニッと笑い、ちょっと悪戯っ子ぽい顔で言われたが、俺は首を横に振って断った。