水気が取りきれていないのにそのまま服を着て、風呂のお湯を捨てると、揃って二階へ上がって行く。
部屋に入った途端。充の方から俺の胸にいきなり抱きついてきて、反応に困った。ギュッと力を入れて筋肉質な胸に顔を埋めてくる。反射的に抱きしめ返したい所ではあるが、俺は肩に手を置くことすら出来なかった。
「断ってくれて…… ホント、心底ホッとしたよ」
充が少しだけ顔を胸から離し、代わりに額をつけて下を向く。
「『わかった』って『お前の頼みなら何でも』って言われていたら…… かなり引いたわ」
「俺を試したのか?でも…… 何で」
「…… 試す?試した事になるのか?なるのか、そうか」
一人で勝手に納得し、充が俺から離れ、ベッドに腰掛ける。そしてぽんぽんっとマットを叩き「お前も座ったら?」と俺に声を掛けてきた。 一瞬どうしようかと迷ったが、無駄に強情っぱりになる気にもなれず、取り敢えずベッドに座る。
風呂場で昂っていた気持ちはすっかり萎え、考えが纏まらない。せっかく隣には充が居て、ベッドもあるというのに、押し倒したい衝動は流石に起きなかった。
「…… 続きはいいのか?ベッドの上だぞ?」
充が言うには珍しい台詞に驚きが隠せない。誘ってくれていると受け取れる発言を聞けたのはとても嬉しいが、状況のせいでやっぱり素直に喜べはしなかった。
「放課後に何があったんだ?そっちの方が、今は聞きたい」
「あぁ…… 。ちょっと話さないかって、誘われたんだ」
「…… まさか、その相手と付き合うのか?」
(だから機嫌が良いのか?今日でこの関係を最後にする気だから、サービスって事なのか?)
「飛躍するなよ、違うって。あの子は俺を好きじゃない」
俺の言葉は即座に否定された。
「『居場所を明渡せ』って言われたんだ。オカシイだろう?」
「…… は?」
意味が理解出来ない。
居場所ってのは本物の土地じゃないんだ、『明渡せ』と言われて、『ハイどうぞ』と丸く収まる話じゃないのに、何を考えての発言なんだ。
「俺の言う事だったら清一は何でも聞くから、『あの子と付き合ってあげて』って頼めってさ」
「よく見てるな、俺の事」
確かに俺は充の言うことなら何でも叶えようとしてきた。でも露骨な真似はしてこなかった筈だ。筋トレみたいに、目に見えて分かり易いものは別として。
「いいや、見てないよ。清一、全然俺の思い通りになんかならないじゃん」
心外だ。そう思われていたなんて、夢にも思わなかった。
「やめろって言っても、ダメだって言っても、えっちな事に夢中になってたら全然だろ?」
「いや…… まぁ。でも、アレは…… 誰だってそうなんじゃないか?」
まさか話をそっちの方へ持っていかれるとは思わず、動揺してしまう。
「比較対象が無いから、それはわかんないな。まぁ知りたくも無いけど」
充はそう言うと、一呼吸開け、拗ねた顔をして言葉を続けた。
「『代わりに別の子を紹介してやるから、いいでしょ』って言われたよ。話を呑んでくれるなら『一回くらいシテもいい』みたいに勘違いを誘う言葉を、あざとい顔で言われて流石に色々怖くなったわー。最初は良い子だなと思っていただけに、あの落差にはもう…… 女性不信になるレベルだったね」
「その言い方だと、断った…… んだよな?」
「いいや、二つ返事で引き受けたよ。だからさっき言ったろう?『お願いだから、ある女性と付き合って欲しい』って」
「んな!お前!いくら彼女が欲しいからって!」
看過出来ず大声で叫んだ。親友でしかない以上、いつかはあり得る話だと思ってはいても、それは今じゃ無い。充に彼女が出来て、俺から離れていく事に対しての覚悟なんか微塵もしていない。そもそもこんな状況下にある時点で、あわよくば俺のモノにとミジンコ程度に期待する事はあっても、離れる心構えなど出来る訳がなかった。
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