腹の痛みが引いた俺は、立ち上がってセージへと顔を向ける。
「……なぁセージ、今のってお前の魔法か?」
「えっ?」
首を傾げるセージに、俺は「いや、だって」と続ける。
「今のって『風の魔法』だろ? セージは『風属性』だってロキが言ってたし。それにさ、屋根から落ちたヒナを……」
「『屋根から落ちた』……?」
伊織の呟きに、俺は「あっ、ヤベェ」と内心焦る。これはまだ、説明してなかった。
「えーっと……ほら! その時セージが何か『風よー』って唱えて、そしたら……」
「『落ちた』?」
伊織からの「それは初耳ですよ?」という圧に、俺と妹は視線を逸らしながら「……えっと、後ほどご説明させていただきます」と言って、話を無理やり戻す。
「……まぁ、あんな感じでさ。今俺が倒れないように、魔法使ってくれたんだろ? 助かったよ」
「えっ? いえ、僕は魔法は……」
セージが何かを言いかけた時、妹が突然叫び出す。
「ピッコーン! ヒナちゃん閃いた!!」
天に向かって指を突き出した妹が、そのままピースサインを額に当てては『きゅるん』と効果音がなりそうなキメ顔を決める。
そんな妹を、俺は無表情に妹を見る。どうせろくな事じゃないだろう。
「おー、絶対ろくな事ではないだろうが、一応は聞いてやろうぞ、妹よ」
「酷いですぞ! お兄様! この超絶美少女で、可愛い妹の天才的発想! とくと聞くがいい!!」
「お前……自分で言って、本当に虚しくないのか?」
俺の言葉を無視した妹は、腰に手を当てて「ふっふっふーん!」と笑い出す。いいからはよ言え。
「ズバリ! この世界には魔法がある……だったらいっそのこと、魔法で腕の傷を治すなんてどうでしょうか! お兄様!!」
妹からの予想外の提案に、その場の全員が固まる。
一人は怪訝そうに、一人は驚いたように。
そして、俺はと言うと……。
「その発想は……なかった……!」
妹の発想に、悔しさを滲ませる。
「どうだい、ヒロくん。この賢い妹の、発想力は!」
「そうだ、ココは魔法の存在する世界……ちょっと考えれば、分かる事じゃないか!!」
俺は突っ伏して、地面を殴る。
「それをこんな……おバカで、ちょっと……いや、かなり残念な妹に気付かされるなんて……!」
「おいコラ、ふざけんなですわよお兄様」
(ヒナが黒い剣に刺されて、気を失っていた時……確かに、治癒魔法を施そうとしていた、よな……?)
俺はチラッと、ある人物に視線を向ける。その人物は俺の視線に気づくと、『ビクッ!』と肩を跳ねさせる。すかさず俺は、その人物の肩を掴んで『逃さん』ばかりの眼力で顔をのぞき込む。
「……なぁ、セージ……お前たしか、妹に治癒魔法をかけようとしてたよな……?」
「あの、その……」
「もしかしなくても。治癒魔法、使えたりするか……?」
「えーっと……」
必死に、顔を逸らそうとするセージ。しかし、セージの逸らした先には、妹の姿があった。
「セージさん、治癒魔法使えるの……?」
瞳をキラキラと輝かせた妹、そして目の前には俺。
セージは俺と妹を交互に見ながら、どうしたものかと考える。
――――冷静に考えた時、『あの時のセージは、かなり困ったのだろうな』と、後の俺は語る。
当然、この時の俺は何も気づかず、妹と共に期待の眼差しをセージに向ける。
……そんなセージに唯一気づいた伊織が、俺と妹を止めに入る。
「待ってください、二人とも。セージさんが困ってますよ。……それに、魔法とか……そんな非現実的で科学的根拠のないものが、本当に存在するとでも!?」
伊織の言葉に、俺と妹は反論する。そういえば、伊織は魔法道具は見ていても、実際に魔法を使うところを未だに見てはいないのだ。
「いやいや、待ちたまえ伊織くん。この世界は確かに、魔法が存在する世界なのだよ。なぁ? 妹よ?」
「そうだよ、伊織くん。この世界は本当に、魔法が存在する世界なのだよ。ロキロキだって、魔法を使ってたんだから!」
伊織は眉間に深いシワを刻みながら、確認するようにセージへと視線を移す。
「セージさん……本当に、魔法なんて存在するのですか?」
「え、えぇ……昨夜お話した通り、魔法自体は存在します。僕も多少なりとも、魔法は学んでは……」
「やっぱりセージさんも、魔法が使えるの!?」
妹からの期待と尊敬の眼差しに、セージの表情がどんどん曇っていく。
「で、ですが、その……僕はあまり魔法は……」
「魔法、使っちゃダメなの……?」
シュンとする妹に、セージはうろたえる。どうしたものか、考えているようだ。
(……そういえば。魔法って、人によってたまにスゲー反動があったりするんだよな)
例えば、普段大人しいやつがいざ戦闘をすると、何かの拍子にスイッチが入って戦闘狂になってしまい、歯止めが効かなかったり。
はたまた、魔力が少ない状態で魔力を振り絞って戦うと吐血したり、身体中から血が吹き出したりとか。
「もしかしてセージ……魔法を使ったら、なんかスゲー身体とか、精神に影響とか出る体質だったりするのか?」
もしそうだとしたら、セージのこの反応も納得がいく。
「い、いえ、そういう訳では無いのですが……」
どうやら、そういった心配はないらしい。よかった、よかった。
「じゃあ使えるんだね!」
妹は再び、キラキラと目を輝かせる。その眼差しが、セージにはとても辛いものだった。
「ううっ……で、でも、ロキが……」
ロキの名を口にするセージに、俺は何かが引っかかって首を傾げる。
「なんでロ……」
「大丈夫だよ!」
俺の質問を遮るように、妹が口を開く。
「ロキロキだって、セージさんがヒロくんのケガを治したって知ったら、ビックリして褒めてくれるよ!!」
「ロキが、ですか……?」
「きっとそうだよ!」
妹は鼻息を荒らげながら、何度も頷く。セージも、少し考える素振りをすると「そう……ですかね?」と呟く。その顔は『ロキに褒めてもらえるかも』という、期待に満ちた表情だ。
「ぼ、僕……頑張ってみます!」
両手で拳をギュッと握り、セージはやる気満々だ。
「その意気やよし!」と、どうしてだか偉そうな妹は「頑張れー、セージさん!」と、セージを応援し始める。
セージは俺の元に近づくと、怪我している右腕に向けて、そっと手をかざす。
どこか緊張しているセージは、一度深く息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出す。
「あぁ、頼んだぞセージ……って、え? 『出来るだけ失敗しないように』……?」
何やら不穏な言葉が聞こえた気がした。
そこで俺は、所々とある会話を思い出したのだ。
『ロキ! 今、回復魔法を……!』
『止めろバカセージ、これくらいほっといてもすぐ治る。……それに、お前がやると悪化するだろうが』
とか。
『僕の魔力が暴走する前に』
とか。
『いいかセージ。絶対に、面倒なことは起こすなよ?』
……と、言う会話。
何となく、魔法への興味が勝ってしまい、忘れかけてたが……俺はすごーく嫌な予感がした。
「な、なぁセージ。ちょっと、待っ……」
「《ヒール》……!」
セージは集中するようにまぶたを閉じると、そう唱える。すると、淡い光がセージの手のひらから発せられる。それと同時に――――。
……『ボキッ』?
鈍い音がした。まるで何かが、折れたような。そんな音だった。
何より恐ろしかったのは、その音が一度では止まらずに、何度も何度も鳴り響いたことだ。
――――ボキッ、ゴキッ。
――――ボキゴキ、ガキッ!!
約一名を除き、その場にいる全員の顔が、一気に真っ青になる。
「せっ、セージさん! ストップ、ストップぅぅぅッ!!」
「セージさん! もういいです! それ以上はダメです!!」
慌てて妹と伊織が、セージを止める。
それはどうしてか?
なぜなら、それは――――。
妹がセージの肩を掴んで、前後に揺らす。
そこでようやく、セージは瞼を開いて魔法を解除する。
そう、俺の右腕は今、関節が数え切れないほど増え……否、バキバキに折れている。
「あっ、えっと……」
気づいたセージが、口元を両手で押えて同じく顔を真っ青にする。
人間とは、何と不自由な生き物か……。
予想外の出来事が起きると、驚きすぎて思考回路が停止し、反応が遅れる。そして、一瞬の間を置いて思考が周り、認識してしまうと、遅れてやってくる。
「いぃ……っづ!?」
遅れてやってきた痛みに、俺は右腕をおさえながら前方に倒れる。激痛すぎて、全身から脂汗が出る。まともに声も出ない。
「ぜッ……セージ……っ!?」
何が起きたのか整理するために、俺は絞り出すようにセージの名を呼ぶ。セージは「本当に申し訳ない」と言うように、何度も頭を下げる。
「す、すみません、ヤヒロさん! その……」
「何やってんだ、お前ら?」
セージの言葉を遮るように、路地の入口……俺たちの視線の先に、一人の子供が立っている。
外見が子供ということもあり、普段高めの声は、今は驚くほど低い声へと変わっている。
暗くて表情は分からないが、声色だけで十分分かる。かなり怒っている。
俺は「何と最悪なタイミングで、戻ってきてしまったのだろう……」と、内心思いながらも、この後どうなるのかが簡単に想像がつく。
そのため、痛みを我慢しながら、必死に声を絞り出そうと口を開く。
「待て、ロ……」
「何やってんだ、クっソバカセージがァァァァァァァァ!!」
ロキは容赦なく、セージの顔面に拳を叩きつける。
そのままセージは数メートルほど吹っ飛び、空の木箱を破壊してはクッション代わりにしてようやく止まった。
それでもロキの怒りは収まらず、自分で吹っ飛ばしたセージの胸ぐらを掴む。
「おいコラ、バカセージ。僕は言ったよな? 『絶対に、面倒なことは起こすなよ?』……って? なぁ? 言ったよなぁ!?」
ロキは俺を指さしながら、セージに怒鳴る。
「なのに、なんであのバカ兄貴のケガが悪化してんだ!! アァ!?」
「うぅっ……ゴメンよ、ロキぃ……」
セージは今にも消え入りそうな声で、ロキに謝る。
「ロキロキ、落ち着いて……セージさんは悪くな……」
「黙れアホヒナ」
ロキが人を殺せそうなほど鋭い目で、妹を睨みつける。さすがの妹も、その鋭い眼光にたじろぐ。
「テメーら全員、後で覚えてろよ」
セージの胸ぐらを離し、ロキの舌打ちが路地に響き渡る。
「木を見て森を見ずとは、こういうことですね……」
伊織の眉間のシワとため息が、さらに深くなる。
「楽をしようとするから、こうなるんですよ。ロキさんに便乗する訳では無いですが……これを機に、私も色々と問いただしたいと思います。……いいですね?」
「「はい……」」
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