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#🌀🌧️⚡️
低気圧
42
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第1話 剣が、胸を貫いた
剣が、胸を貫いた。
熱さより先に、音が来た。骨と何かが擦れる、乾いた音。視界が一瞬白く弾け、それから戦場の色が戻ってくる。
刺した側の敵兵の顔が、すぐそこにあった。
男の目が見開かれている。刺した本人が、一番驚いていた。剣の柄を握ったまま、まだ抜こうとも押し込もうともせず、ただ固まっている。
「……え」
男の声が震える。
周囲がざわめきだしたのは、その直後だった。
「武神様が、刺された……!?」
「天より遣わされた御方だぞ!」
「お前、何をした!」
「天罰が下るぞ!」
「祟られる、祟られるぞ!」
敵も味方も関係なく、声が波のように広がっていく。斬月はそれを、やけに遠くで聞いた。
違う。俺はまだ武神じゃない。
そう言おうとして、口を開く。出てきたのは声にならない息だけだった。喉の奥で何かが崩れる感覚がある。膝が、勝手に折れかけている。
刺した男が、我に返ったように再び剣を構え直す。恐慌のまま、次の一撃を振りかぶる姿勢に入る。
避けなければ。
そう思うのに、身体が動かない。足が地面に張りついたように重い。腕を上げようとしても、指の先まで力が届かない。
剣先が、もう一度こちらへ向いた瞬間。
――怖い。
初めてその言葉が、自分の内側にはっきりと浮かんだ。
逃げたい。
誰か、助けてほしい。
喉の奥から、声にならない笑いのようなものが漏れた。
視界の端が滲む。声が遠のく。「天罰」も「武神様」も、水の底で聞くような響きに変わっていく。
胸の内側で、何かが限界を越える音がした。
景色が、白く塗り替わっていく。
*
目を開けると、天井があった。
見慣れた白。天灯共同医療福祉院、降下・降臨後処置室だ。戦場の喧騒はどこにもない。あるのは、換気の音と、器具が触れ合う微かな音だけ。
「お気づきになりましたか」
景陽の声がした。振り返る必要もなく分かる、落ち着いた声だった。
「胸部の損傷と香脈の断裂、再構成は終わっています。降臨相が維持限界を超えたため、強制送還がかかりました」
斬月は自分の胸に触れる。
布越しに、皮膚の感触がある。
傷がない。
指先で押しても、痛みはほとんどない。あの熱さも、貫かれた感覚も、そこにはない。ただの、自分の胸だった。
「……治ってる」
声に出してみると、思ったより静かな声が出た。
「なら、もう戻れるだろう」
そう続けようとした時、廊下の方で音がした。
金属が、床に落ちる音。
誰かが器具を取り落としたのだろう。それだけの、日常のどこにでもある音。
なのに。
息が、詰まった。
胸を押さえる手に、勝手に力が入る。呼吸が浅くなり、速くなる。視界の端が、また白く滲みはじめる。
「武神様が、刺された!」
「天罰が下るぞ!」
戦場の声が、耳の奥で蘇る。剣先が、もう一度こちらへ向いてくる。
「――っ」
景陽が近づこうと、一歩踏み出す気配がした。
「来るな!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
景陽が、足を止める。
沈黙が落ちる。処置室の中に、自分の荒い呼吸だけが響いている。
斬月は、自分の胸をもう一度見下ろす。
傷はない。
血の跡もない。
それなのに、まだ剣が刺さったままのような感覚が、消えない。
指先が震えている。
「……もう、治ったんだろ」
誰に問うでもなく、そう呟いた。
コメント
1件
「武神様が刺された」ってタイトルからして衝撃的でしたが、実際読んでみて戦場の生々しさと、傷が治った後のPTSDじみた反応がすごくリアルで……。剣が胸を貫くあの乾いた音の描写と、戦場の喧騒が水底のように遠のく感覚が頭から離れません。傷は治っても“刺された感覚”だけ残るって、すごく怖いし切ない。武神じゃない自分を自覚しながらも周囲の期待に押し潰されそうな斬月の心情、これからどうなるんでしょう。次が気になります。