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その日も結局、花梨は柊にご馳走になり、タクシーで家まで送ってもらった。
(なんか私、上司に甘えすぎてない?)
前の会社では、こんなことは絶対になかったので、少し不安になる。
そして、柊との楽しい時間を思い返すと心が揺れた。
(課長といると、なんでこんなにホッとして安らげるんだろう? 今まで上司に対して、そんな風に感じたことはなかったのに……)
そう思いながら、花梨はソファに座りクッションを抱き締めた。
(卓也と別れたから淋しいのかな? ううん、それは違う。だって、同棲を解消したら自分らしさを取り戻せたような気がするし、一人の方が楽だもの)
その時、花梨の脳裏に、浜田家の前で卓也と再会した日の記憶がよみがえった。
久しぶりに会った卓也は、顔色が悪く、少し太ったように見えた。
(莉子に脂っこい料理ばかり食べさせられてるのかな? あいつ、脂質の多いものを食べるとすぐに太る体質だし……)
花梨は、卓也と一緒に暮らしていた日々を思い返していた。
そして、別れて以来、初めて切ない気持ちになっている自分に気づいた。
(ううん、愛だの恋だのは所詮お荷物でしかないの。形あるものはいつか壊れる運命なのよ。だったら、最初から形にしなければいいだけ! だから私は、もう二度と恋なんてしない!)
そう自分に言い聞かせるように、花梨はカーテンを閉めに窓辺へ向かった。
その頃、花梨の元彼・後藤卓也は自宅に戻ったところだった。
散らかった部屋を見回し、重いため息をつく。
卓也は、花梨と同棲していた部屋に今も住んでいる。1LDKで少し手狭だが、職場に近くて便利なので引っ越さなかった。
花梨と別れた後、莉子がすぐに転がり込んできて、今は彼女と同棲中だ。しかし、莉子はまだ帰っていない。
花梨が揃えたセンスの良い小物類は、すべて莉子に処分され、代わりに莉子好みのふわふわひらひらした女性らしいインテリアに変えられた。部屋はすっかりピンク色に染まっている。
卓也の好みとは程遠いセンスだったが、最初は喜んで飾り立てる莉子の姿を見て、彼も一緒に楽しんでいた。
でも最近は、そのピンク色がしっくりこなくて、妙に居心地が悪い。
ピンク色の雑貨に囲まれながら、卓也はため息をつき、ソファに腰を下ろした。
先日、思いがけず出先で花梨に会った時は、さすがに驚いた。自分が捨てた女が仕事先にいたら、誰だって動揺する。
しかも、その女が昔より綺麗になり生き生きしている様子を見たら、心中は複雑だ。
おまけにその隣には、モデルのようにイケメンで隙のない完璧な男がいた。しかもその男は、自分よりもいい会社にいる。
卓也はその状況に、無性にイライラしていた。
その時、彼のお腹がキュルキュルと鳴った。
残業の後、どこにも寄る気になれず、まだ夕食を食べていない。
以前なら、どんなに遅くても花梨が冷蔵庫の中のもので消化の良い食事を作ってくれた。
それを卓也は、当たり前のように食べていた。花梨に労いの言葉ひとつもかけずに。
(俺は最低だな……文句ひとつ言わず、あれだけ尽くしてくれた花梨のことを、まるでぼろ雑巾みたいに捨てるなんて……)
今になって、卓也はようやく気づいた。自分がいかに花梨に甘えていたかに。
その時、携帯がブルブルと震えた。
「花梨?」
ふとそんな思いがよぎり、慌てて携帯を手に取る。しかし、画面に浮かんでいたのは『酒井莉子』という文字だった。
卓也は電話に出ず、携帯をソファの上に放り投げた。しばらく虚しく震えていた携帯は、やがて静かになった。
その静まり返った携帯を見つめながら、卓也はもう一度深いため息をついた。
莉子と付き合い始めてから、彼の営業成績は見事に下降線を描いている。
担当案件はことごとく不成立に終わり、今日も課長に呼び出されて叱責を受けたばかりだった。
『お前、最近どうした? 以前の調子の良さはどこへいったんだ?』
『契約が取れないばかりか、ミスも連発してるじゃないか!』
『このままだと、係長への推薦は厳しいぞ』
『もっと根性を入れて、契約を勝ち取ってこい!』
上司の言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
そして卓也自身も、なぜこんなに調子が悪いのかまったく分からない。
(花梨と組んでいた時は、それこそパーフェクトに近い形で契約を取れていたのに……)
その瞬間、卓也はハッとした。
「今までの俺の成績が良かったのは、花梨によるサポートがあったからなのか? 莉子と組むようになってから、営業成績が落ちたのは、そうとしか思えない……。つまり、俺が契約を取れなくなったのは、全部莉子のせいってことか?」
卓也は悔しそうに呟き、両手で頭を抱えて髪の毛をくしゃくしゃにかき回した。
「ちくしょう……なんでうまくいかないんだ! 俺は、こんなところで終わるような人間じゃないのに……」
唸るように呟いた卓也の脳裏に、先日花梨の隣にいた男の顔が浮かんだ。
「自信に満ちた、あの高城不動産の男……。一体、花梨とはどういう関係なんだ?」
吐き捨てるように言いながら、卓也は悔し気に両手で顔を覆った。
コメント
51件
今更気付いても遅いのよー
いや、莉子のせいでもないよ、あなた自身がその程度なんよ。
今さら‼️気づくのが遅過ぎる💢 卓也が花梨ちゃんに近づいて、いらんことしてきそうで心配😣