均は、驚きを隠せなかった。
「こ、こ、これは、いったい!」
「さあ、さあ、均様、荷降ろしを手伝ってください!」
童子が、仕切る。
孔明一行が、いきなり戻って来た。それも、何故か、楊《よう》さんの荷馬車に乗って。そして、荷台には、しこたま、荷が、積み込まれていた。
その後を、ノロノロと、馬に揺られる、孔明と月英の姿が──。
「揚さん、どうも、お世話になりました。こちらを」
言って、童子が、荷台から、何やら引っ張り出し、手渡している。
「いや、こりゃ、どうも、干し肉とは、また、豪勢な!」
楊は、農作業の日々でくたびれきった、顔を緩ませた。どだい、肉など、こんな田舎では、食べるどころか、手に入れることも皆無だった。
「あー、荷降ろし、手伝うわ、これだけあると大変だろ?それに、下女さんよ、早く馬から降りねぇと。旦那と、一緒に馬に乗ってたなんて、奥方に知れたら、えらい目にあうよ」
「あら、ほんと!揚さん気が利くわー!」
いやいや、それほどでも、と、照れ笑いしながら、陽は、荷物を降ろして行く。
「あー、もう、玄関前に、置いてもらえば、あとは、こちらで」
「おお、そうかい?」
などと、忙しげではあるが、どこか、和やかな雰囲気に、均は、立ちすくんでいるのみだった。
「あー、均様、この、漬物壺、裏へ運んでください!」
童子が叫ぶ。
「あ、ああ、すまん、どらどら」
均は、慌てて荷台に駆け寄った。
幾つもの、壺がある。童子の言うように、醤油漬や、糀漬、その他、諸々の調味料に混じって、酒壺があった。
おそらく、楊には、見つかりたくない、と、言うことなのだろう。だから、先に干し肉を渡して、気を逸らしたに違いない。
漬物、ならば、楊も、特に気に止めることはないだろう。しかし、酒が混じっているとなると、やっかみをうけるのは、わかっていた。
それにしても──。
持てるだけ持って来た。そんな感じが拭えない均は、はたと、気がつく。
兄と、義姉《あね》は、馬で相乗りし帰って来た。その、馬は……。
「うん、姑殿が、馬も持って行けと……、これは、均、お前がつかいなさい」
孔明が言った。
はあ、と、答えながら、結局、月英の実家から、拝借してきた物ばかりということか、と、均は、理解する。
父親である、黄承彦《こうしょうげん》が、娘可愛さで、色々と持たせたのだろう。いや、義姉《あね》のことだ、勝手に積み込んだのかもしれないが、どうあれ、揚同様に、均の顔もいくばくか、緩んでいた。これだけ食材があれば、大助かり、そして、馬まで手に入った。
月英は、当然、さっさと家へ入って行く。奥様のお相手をしなければ、とかなんとか、言って。
ついでに、孔明も、病み上がりですから、お休みくださいと、引っ張って。
こうして、どうにかこうにか、荷を降ろし、楊も帰ろうとしていたその時、
「ご免」
と、どこか、聞き覚えのある声がした。
皆が、一斉に振り返ると……。
楊は、ひゃーー!と、悲鳴を上げ、荷台で、小さくなった。
そして、童子は、あーーー!鎌がないっっ!!!と、叫び、均は、く、鍬《くわ》を、取ってくると、駆け出そうとするが、足を上手く運こべないでいる。
「……すまぬ、作業の途中であったか、実は……」
「やめてくれー!は、話はついてるだろうがっ!張飛!!」
楊が、しどろもどろになりながら、受け取っていた、干し肉の包みを投げつけ、馬に鞭打ち、脱兎ごとく、荷馬車ごと逃げ出した。
「童子、いったい……」
「均様!いったいも、何も!しつこいぞ!張飛!」
放り投げられた包みを受けた、張飛は、干し肉か!と、ご機嫌だった。
「あー、つまり、楊さんの、なにがしかに、こいつら達が、しつこくつけ回していると、いうことだな?童子?」
「ええ、父ちゃんが、まとめたのに、うちの、父ちゃんの顔にまで、泥を塗るのかっ!!」
「まあ、まて、童子!こちらに、武器はない。丸腰だ。喧嘩ごしは、まずい」
均は、童子をなだめつつ、現れた、例の三人組、劉備、関羽、張飛に、どう、対抗すれば良いのかと思案するが、どう、考えても、丸腰で勝てる相手ではない。
ここは──。
「奥様を呼ぶしかないですね」
童子は、バタバタと、家の中へ駆け込み助っ人を呼びに行った。
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