残された均は、内心おろおろしていた。
察するに、何らか、揚さんとグリグリ目玉の放火好きが、賭場あたりで、揉め事をおこし、童子の父ちゃんが、仲に入ったのだが、まだ、根にもって、仲間ごとやって来た──、のようだが、それは、諸葛家は、まるっきり関係ない。
よって、即刻、追い返すべきなのだが、やはり、一人で三人は、キツイ。
「あ、あ、の……」
情けない声しか出ない均へ、劉備は「弟君様、先生は、ご在宅でしょうか?」と、何故か、目上へ向けての礼、胸元で手を重ねる拱手をし、尋ねてきた。
後ろでは、関羽は、渋い顔をしながら姿勢を正し、張飛は、投げつけられた干し肉をかじって、大人しくしている。
いつもと違う光景に、均が、面食らっていると、
「あら、まあ、折角、お運びになられたのに、旦那様は、遠方から戻ったばかり、疲れて、お昼寝をしております。今回も、お会いできそうにありませんわね」
さっそうと出てきた月英が、意地悪く口角を上げて、劉備へ辞令的なことを言っている。
横では、腕組みをした、童子が立っていた。
これは、あえてひと悶着起こそうとしているのでは、と、義姉《あね》の態度に、均は、目眩がしたが、一方、劉備は、礼儀正しく、もし、と、問いかけてくる。
「お邪魔でなければ、待たせて頂けませんでしょうか?」
その一言に、月英は、別段驚くわけでなく、さて、お目覚めは、いつになるか、と、これまた、つれない返事をした。
「まあ、お待ちになるのは、ご自由ですが……」
なんですか?その後ろの野人、みたいなのはと、顔をしかめる月英に、劉備は、ふと、振り返る。
──確かに。
獣《けもの》のごとくに、顎髭をふさふさ伸ばした大男と、隣では、干し肉にかじりつく、赤ら顔の大男。今まで、特に気にしていなかったが、言われてみれば、かなり、癖のある者達だと劉備も、思う。
「張飛!お前は、何をしている!」
「おっ、兄じゃ!この干し肉、なかなか、ですぞ!」
「侍女殿、これらは、外で待たせておきます」
劉備は、なんたることかと、顔を歪めた。
「あら、劉備様、あなた、内で、茶でもすすりながら、お待ちになるつもりでしたの?」
「……それは……」
いっかーーん!
黄夫人、その様な物言いをしてはなりませぬーーーー!
血相を変えて、飛び込んで来た童子に、着いていった月英の姿に、一抹の不安を覚えた孔明は、戸口から、こっそり、様子を伺っていた。
どうやら、問題の来客のようだと察し、穏便にまとめようと、茶器の用意をしていた矢先、月英が、言い放った。
例え、何か考えがあるのだとしても、余りにも、挑発が効いている。
……いきなりすぎて、だめでしょうに……と、孔明は、戸口にへたりこんでしまう。
同時に、盆に乗せていた茶器を落としてしまい、ガチャンと、耳障りな音がした。
ますます、まずい。
孔明は、青ざめる。
やりとりに、聞き耳を立てていた、も、きっと、月英の気にさわるだろう、そして、茶器を落として割ってしまった。こちらは、童子が、怒るだろう。
ああ……、どうすれば。
「あら、まあ!奥様も、ご立腹のようですわよ!こちらは、旦那様が、仕入れて来た食材をほどかなければなりませんのに、のほほんと、内へ入られるおつもりとは、あまりの図々しさに、驚かれたようですわね。童子、様子をみてらっしゃい」
はい、と、童子は、家へ入る。そして、
「侍女様ーー!びっくりなさって、茶器を落とされて!あー!めちゃくちゃ、割れてる!」
あらまあ、片付け仕事がふえちゃったわと、月英は、言いつつ、劉備などはなから居なかったよいに踵を返し、家の中へ入っていこうとする。
「あっ、均様、童子と、荷物を運んでくださいな」
と、言い放ち、すっかり、劉備達の、面子など遠退いてしまった。
「侍女殿!!!」
ところが、中へ入ろうとする月英へ、劉備が、叫んだ。
「構いませぬ!我らが、勝手に押し掛けて来ただけのこと!先生の、お時間が、とれるまで、どうか、外で待たせて頂けませぬか!!」
劉備は、拱手をしたまま、頭を下げた。
「まあ、そこまで言われるのでしたら、ですが、私どもは、自分の仕事がありますから、特に今日は、荷をほどかなければ……貴重な、食材ですからねぇ、あー、手伝うとか、その様なことはお止めくださいまし。これは、うちうちの仕事ですから」
外で勝手に待っていろ、と、言っている、妻に、孔明は、さらに、崩れ混んだ。
「あれ、旦那様、お休みになった方が!」
童子が、慌てた。
「なあ、童子よ、黄夫人は、何をお考えなのだい?と、いうより、この始末は、私がつけるのかい?」
「はい、できましたら。私達も助かります!」
「……無理でしょー!これ!」
「じゃあ、お休みになられたら?」
「……そうします、ぜひ、そうさせてください」
今にも、泣きそうになりながら、孔明は、立ち上がると、寝室へ向かった。
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