自分に話が飛んできたことに驚いたのか、武さんが慌てて声を上げた。
「土砂崩れに遭うかもしれないような場所に、君らを行かせられるわけがないだろう! なにかあったら、俺が父さんたちに責められることになるんだぞ!」
「でも賢人さんがここに滞在するのも反対なんですよね?」
口を尖らせてじっと見れば、反論に詰まった様子で苦い顔を見せる。何度かモゴモゴと口を動かしていた武さんは、やがて俺を睨みつけて大きく舌を打った。
「そっちの離れで面倒を見るなら勝手にしろ! ただし、そいつに食糧を分けてやったから困ったことになったなんて泣き言を言いにきても、こっちは関与しないからな!!」
音を立てて引き戸を閉め切った武さんの様子に、俺と優斗は顔を見合わせて肩を竦めた。
まだぼんやりし続けている賢人さんを支えるように玄関に上がらせ、そのまま優斗たちの離れに連れて行く。着替え終わって少しくつろいでいたらしい大輔さんたちも、賢人さんの様子を見て驚いたらしい。なにがあったんだと聞かれたものの、俺たちにもよく分からないと正直に答えて、とにかく賢人さんをリビングのソファに座らせた。
大輔さんと茜さんは玄関土間の発電機を取りに行くついでに、武さんたちにも事情を聞くらしい。聞いたところで分かることがあるとは思えなかったけど、その間に俺たちは少しでも賢人さんと話をしようと、優斗は賢人さんの前にしゃがみ、俺は賢人さんの隣に腰を下ろした。
照明がないせいでよく見えないけど、どことなく血の気が引いているように思える。
「大おじさんたちの言いつけを守らないのって、そんなに悪いことなの?」
優斗の一言に、賢人さんの目線が上がる。
「悪いこと──なのかどうか、分からない。むしろ分からないからいけないんだ」
言葉の意味が分からない。
だけど頭を抱えて必死に言葉を選んでいるのは分かったから、そのまま黙って、賢人さんが頭の中を整理してくれるのを待つ。
やがて大きな溜め息を吐き出すと、賢人さんは改めて姿勢を正した。
「うちが座敷わらしの出る家だという話は、陸くんも知ってるんだね?」
「うん。俺、自己紹介で一番最初に話したから」
「……人間関係の掴みに使うとは、強いなぁ優斗。そもそも座敷わらしがどういう存在か、二人はどれくらい知ってる?」
この質問に、妖怪好きの血が騒いだ。
「住んでる家を金持ちにしたり、その家の人をラッキーにしてくれる妖怪!」
「で、子どもの姿をしてる」
「なるほど、陸くんもおおよその知識はあるんだね。──座敷わらしの性質は確かにそういう認識をされることが多い。主に岩手県を中心に東北地方で目撃例の多い妖怪、または神だと言われている。もしくは、守護霊だ」
「守護霊?」
霊ってことは、幽霊ってことだろうか。俺の中で守護霊ってのは、特定の誰かの後ろにくっついていて、事故や不幸から守ってくれるってイメージだ。
家に憑く守護霊なんて、身近にあるオカルト本には書いてなかった。
「座敷わらしの他にも、座敷ぼっこ、蔵わらしなんて呼びかたをしている地域もあるし、一説には河童が家に入ったモノだとも言われている。東北から遠く離れた地域の例だと、香川県にいるオショボという妖怪が座敷わらしと同じ性質を持ってると考えられてるね」
「賢人さん、めちゃくちゃ詳しいですね」
「こう見えて、民俗学者の端くれでね。とはいってもこの家のことがあって入った世界だから、基本的には座敷わらしばかり研究している二流学者だよ」
「雑誌に頼まれて記事書いたりしてるんだぞ」
「え、すっげぇ」
優斗からの情報に素直に驚くと、賢人さんは困ったような、照れたような顔を見せた。
だけどその後、また表情が冷える。
「二流なりに調べたんだが、うちの伝承を踏まえて座敷わらしのことを調べると、どうしても他家の伝承とかみ合わないんだ。例えば座敷わらしの多くは家人にいたずらをするけど、うちはそういうことが一切ない。不意に幸運が舞い込むとされるが、うちの場合は願ったことが叶う場合が多いらしい。極めつけは家人の葬儀に関連する、あのしきたりだ」
「飲食禁止のこと?」
「正確には、身内の誰かが家人の死を目撃した瞬間から、火葬の翌日まで断食を貫くこと。摂っていいのは水だけだ。そうしなければ、座敷わらしがほかの家族も殺してしまうという戒めだね」
改めて聞くと物騒な伝承だ。やっぱりこんな座敷わらしの話、聞いたことがない。
考え込んでいる俺の顔を見た賢人さんは、またゆっくりと頭を抱えた。
「普段は益をもたらすが、ある条件下では甚大な不利益をもたらす存在は──憑物だよ」
「憑物?」
「犬神や蛇神に代表される、人間や家に憑依する霊のことだよ。家に憑いた憑物は、家人に使役されている使い魔のようなものでもあるんだ」
「使い魔、ですか? なんかファンタジーっぽくて、現実感が」
「その通り、まさにファンタジーな話だよ。現実感がないのも無理はないけど、日本には古来より、こういった話が各地に伝わってるんだ。──憑物は家系に憑いていることが多い。家人が憑物に願うと、それを聞き入れてよその家から家財を盗んだり、家人が憎んだ相手に憑いて呪い殺したりもする」
本当なら怖い話だ。
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