「レジーナ、どうやら、話は早いようだな」
ミドルトン卿は、客間のソファーに座るなり言った。
レジーナも、お茶が出てきてから話すものですわよなどと、すました事は言わず、
「はい、お兄様と、一緒に戻ります」
と言い切った。
「うん、それがいいさ。お前にゃー、無理さ、セカンドハウスの切り盛りなんざなあー」
兄妹《きょうだい》だからか、卿も、落ち着いたのか、地元の訛り丸出しで、レジーナを説得し始める。
そもそも、ヨークシャー地方の人間は、その歴史観やら、地域の広さやら、諸々の事から、地元愛が強い。
普通は、気取って、標準語、つまり、上流階級向けの喋りを行うものだが、年配者は、ロンドンに出てきても、ヨークシャー訛りで恥じることなく喋っていた。
さすがに、ミドルトン卿はそこまでではないものの、やはり、油断すると訛りが出るようで、今は、妹と二人、しかも、かなり、腹を割って話さなければならないと思ってなのか、自然、訛りが出てきているようだった。
「とは、おっしゃいますけどね、ここは、私の相続分よ。それを、いくら、婚約者だからって、実際は、子爵家の家督を継いだ男でもない者に、自由にされるのは、おかしな話だと思いませんか?」
「んー、だが、レジーナ。ディブとは、結婚するだろーが?そんじゃー、ディブの力を借りても、おかしくねぇーさ?」
「んー、だからね、兄さん!みたでしょ!あれ!あの、パーティー、そして、ゴシップ記事!言ったじゃないの!実際は、あんなもんじゃーないって!」
レジーナの、心の叫びに触れたミドルトン卿は黙りこくる。
「ええ、わかるよ、兄さん、あの、大伯父さんやら、なんやかや、親族代表に頭が上がらないの。でも、ディブと一緒になると、私も兄さんと同じ運命をたどるのよ!」
レジーナは、兄の不幸な結婚について致し方なく触れた。それを言われるのを兄か嫌っていること、それがために、家長でありながらも、外の人間に牛耳られていることを。
ここで、レジーナまで、不幸なだけではなく、スキャンダルまみれな結婚をしてしまうと、レジーナは一生耐え続け、事あるごとに兄も、親族に攻められる。
そして、レジーナの相続分も、この屋敷も、親族はレジーナの物と認めないとごね始めるだろう。
「これ以上、兄さんに、負担はかけられないのよ。なんとか、親戚一同、まるめこんでおかないと、兄さんだって、新しいスタートってのに踏み出せないでしょう?」
「……レジーナ。だけどな、勝てそうにない。あれだよー、あれには、無理さー。だから、独り身でいることにした」
兄の告白に、レジーナは息が止まりそうだった。
独り身でいる、と、いうことは、もしかして、好きな相手がいるのかも。でも、うるさ方に邪魔される、いや、逐一、許可をとらねばならない境遇に負けているということか?
では、やはり、自分の決断は、間違ってなかったと、レジーナは、一瞬、胸を張りそうになったが、前には、家長でありながら、自由が効かない、ある種レジーナよりも枷がある兄を思うと、これ以上、自己主張は出来ないと思った。しかし、主張しなければならない時が来ているのだ。
「……兄さん、だから、私は、私の道を行きたいの。この屋敷を、私の力で、私のモノにしたいのよ。そのためには、まず……」
「……婚約破棄か」
兄は、ゴシップ紙へ再び目をやった。
「何が、いけないの?!」
「いけなくはないが……」
「もう!破棄しますって、言えないなら、私が言うわよ!」
「……それが、通ると思うか?レジーナ?」
弱々しく言うも、現実を見る兄の瞳に、レジーナは引き込まれそうになったが、決めたのだからと、自分を奮い起こした。
「私が、戻って、言うわよ。誰も耳、貸さないとわかってるけど、私が言わないと、兄さんは言えないでしょ?」
ミドルトン卿は、まさか、妹にそこを突かれるとは思っていなかったのか、大きく目を見開き困惑しきった。
「ああ、そうさ。俺は、何も言えない。たった一度のしくじり、そいつも、俺がわるいんじーねぇよ、なのにさー」
「そして、一生独身でいるって?!」
レジーナをロンドンへ行かせたのは、新しい世界を見せるためだったのではないか?あの時も、親族が、この屋敷について口を挟んで来た。
レジーナを、ロンドンへ、行かせると、レジーナの身の危険を心配するのではなく、いよいよ、屋敷がレジーナの物になってしまうと遠回しに邪魔立てしてくれた。
とっさに、今のままだと使用人達のやりたい放題。赤の他人に乗っ取られると、兄は、押し通してくれたのだが……。
今は、どうも、弱腰になってしまっている。
と、いうことは、あれから、相当、親族に攻め立てられて、レジーナにとっての防波堤は、あっけなく崩れてしまい、自らの新しき人生すら、考えるのが恐ろしくなってしまった……。多分。
そうでしょう?と、聞ければ良いが、兄からは、レジーナを送り出した時の覇気が消えていた。
「あー!じゃー、ディブのスキャンダルに、怒ればいんじゃないの?さっきみたいに、頭から湯気をだしてれば、親族も釣られて、怒るわよ!そしたら、ディブと縁を切れって、ならないかしら?」
ああ、そうさなぁ、と、ミドルトン卿は、どこか、自信無さげに答える。
そこへ、ノックと、共に、
「レジーナお嬢様が、泣き叫べば、完璧だと思われますが?」
ハーブティーをトレーに乗せて、やって来たビートンが、立ち聞きしていたであろうことなど、そしらぬ顔で、執事の権限、助言を二人へ与えた。
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