「素直になれよ。俺とまわりたいんだろ?」
「だから違うって言ってるでしょうが!」
「……んな、全力で否定しなくても。傷つくぞ」
私が叫ぶと、彼は肩をすくめてそう言った。
私は取りあえず保留にして、彼に視線を向ける。
先ほどまでの笑顔から一転、つまらなさそうな表情をしている。
(なんなの意味分かんないんだけど……)
「まあ、当日と五日間は空いてるし、どーしてもまわる奴がいなかったらまわってやるよ」
「なんで上から目線」
「だって、聖女様と一緒にまわりたいって言う奴は星の数ほどいるんじゃね?だったら、別にまわりたくない奴とまわる必要もねえし、俺じゃなくても良いじゃねえか」
そう言って、彼は口を尖らせる。
確かにそうだ。彼と一緒に回る必要はない。他にも攻略キャラがいるもの。
と、そう思うのと同時に、私は胸の奥で何か引っかかりを感じた。
「まさか、アルベドもぼっち?」
「はあ!?」
「だって、当日空いてるって事は、アルベドもまわる人いないんじゃ無いかなって……思ったりして」
私がそう聞くと、彼は一瞬だけ固まり直ぐに大声で笑った。
「ハッ! 俺にだって、俺とまわりたいって奴は星の数ほどいるに決まってるだろ。お前に心配されなくてもな。まあ、俺は当日空いてるっつうだけで、星流祭に行くとは一言もいってないがな」
「あっそ」
私はそう返すと、彼はニヤリと笑って私を見た。
その瞬間、またピコンと機械音が響いた。【アルベドと星流祭をまわりますか?】
(何で二度も出てくるのよ!? まだ、決めない……でも、後三日? 二日の間に決めなきゃ何だよね……最悪)
私はシステムウィンドウを手出払って消しながら、ため息をついた。
星流祭までに攻略キャラの中で誰とまわるかを決めないといけない。リースか、グランツか、ブライトかアルベド。あの双子に関しては既にまわる意思がないことを告げられてしまっているため除外。もしかしたら、20以下のキャラは誘えないのかも知れないとか言う仮説も出て、私はもう一度はあ。と息を吐く。
今日はこの鎖のせいで丸一日潰れるわけだし、それまでに心の準備を決めなきゃいけない。私は、ふと彼の方に視線を向けた。
すると、彼はこちらをじっと見つめていた。私が驚いて声を出す前に、彼は口を開いた。
それは、まるで私の心を覗いているかのような言葉だった。
「何だよ、誰かとぜってえまわらねえといけないのか? エトワールは」
「なんで、そう思うのよ」
私がそう問うと、彼は顎に手を当てて考える仕草をした。
そして、すぐに私を見て言った。彼の金色の目が私の目を見据えている。私の心臓が跳ねた気がした。
まさか、誘ってくるんじゃと思ったが、私の期待とは裏腹に彼は嘲るように笑いながら言った。
「そんなの、俺以外の奴とまわりてえからだろ」
「……はぁ?」
「だって、お前、俺のこと嫌いだろ。だから、俺から誘われたら嫌だから、誰かとまわってしまおうとか考えてるんじゃねえの?」
「はあ!?」
私は、彼の言葉に驚きの声を上げた。
彼が私を嫌い? 何それ。
システムによって誰かとまわらないといけない。そう強制されているのは事実である。だが、これを言ったところで彼には伝わらないだろうし、信じてもらえないような気もする。
私は、小さくため息をつくと、彼を見返した。
彼も私と同じように、何か言いたい事があるんだろうなという表情をしていた。私は、少しだけ間をあけてから言った。
「別に、私もアンタのこと嫌いなわけじゃないし、ああ! 好きなわけでもないんだけどね、さっきも言ったみたいに! 後、違うし……確かに、星流祭は誰かとまわらないといけないみたいだけど、別にアンタを誘いたくないからとかそういうんじゃないし。誘おうともしてないけど」
私は早口に捲し立てるように言うと、彼は目を丸くした後、フッと笑った。
その顔が何故かとても優しく見えて、私は思わずドキッとした。
(待って、ドキって何!?)
私は動揺を隠すために顔を背けると、彼は楽しげに笑うだけだった。そして、彼は再び私を見た。
「まっ、エトワールから誘われたら一緒に行ってやらんこともねえよ。その変わり、俺からは誘わねえからな」
「別に誘って欲しいって言ってないし」
と、アルベドは終始愉快そうに笑っていて、それがなんだかムカついた。
それからもアルベドは、私をからかっては笑っていたし、何かするたび口を挟んできた。でも、光の枷のせいでこの部屋からは一歩も出れなかったし、やることも最後にはなくなり、運ばれてきた食事をして寝ることになったのだが……
「お前は、ベッド使えよ。俺はソファーで寝るから」
「いや、いや、でも私客人!」
光の枷で繋がれているため、勿論のことお風呂には入れず、トイレもトイレでもめながら行ったしで、確かに疲れはたまっていたためベッドで寝たいとは思ったけど、アルベドを差し置いて私がベッドを使えるかといったら、さすがの私も無理だった。
ソファーとの距離は三メートルで動かなければ互いに光の枷によるペナルティーはないだろう。
「遠慮するなよ。お前は女で、帝国の光で聖女……そんな聖女様をソファーで寝かせたとかなったら俺がどんな目で見られると……それに、俺は別に地べたでも寝れるんでね」
「そういう問題じゃなくて!」
私が反論しようとすると、彼は部屋の灯を消してソファーに座った。
私は、もう寝るのかと思ったけれどアルベドはどうやら横にはなっていない様子でじっとしていた。
「何よ、寝ないの?」
「ああ……」
「ベッドじゃないから?」
「ちげぇよ。なんでそうなんだよ」
ベッドの上からかろうじて見える紅蓮の髪を見ながら、私はアルベドに喋りかけると彼は少しキレたようにそう返し、やはり寝ようとする素振りを見せなかった。
私に遠慮しているんだったら申し訳ないけど、私が寝てから襲ってきたらどうしようとかいう思いも少なからずあった。
「私が寝たら寝る?」
「さぁな。つか、寝ろよ。疲れてんだろ?」
「……うん、でも気になっちゃって」
私が起き上がると、ベッドが軋む音がした。
そこから、少しの沈黙があり、部屋に差し込んできた月明かりで振返った彼の顔が見えるようになると私はハッとした。
あのアルベドが不安そうな、怯えた表情をしていたから。
まるで、何かに脅えているような、恐れているかのような、そんな顔をしていた。
私は、思わず起き上がって彼に声をかけようとした瞬間、彼は触れるなとでもいうように口を開く。
「寝れねぇんだよ」
「なんで……?」
「一度、寝込みを襲われたことがある。まだ幼かった頃にだ……あと一歩気づくのが遅れてたら今俺はここにいなかっただろうな」
と、彼はどこか遠くを見るように呟いた。
そして、その話を聞いて私は言葉が出てこなかった。
アルベドが幼いときに体験したこと。彼が一体何歳の時なのかわからないけれど、そんなにも若い時にそんなことがあったなんて想像もつかなかった。
暗殺者に狙われ続けている人生。
自分の家の自分の部屋でさえ気を抜けない彼は、どれほど辛い人生を送ってきたのか。
「それから、俺は寝れなくなったよ。今だって、この部屋が安全かどうかすら分からねえ。そりゃ、防御魔法を何重にもかけ、中から鍵はかけられる。だが、尋ねてくる使用人が俺の味方だとは限らねえし、食事に毒だって盛られている可能性がある。闇魔法は暗闇でその力を発揮するからな。夜は一番危ねえんだよ」
「アルベド……」
「……これでいいだろ? 理由分かったんだから寝ろよ。お前が寝ている間は俺がお前を守ってやるからさ」
と、アルベドは立ち上がって私の寝ているベッドの脇までくるとにこりと微笑み、私の髪を撫でた。
その行動が紳士そのもので、私はまた顔が赤くなりそうになるのを必死に抑え、彼を見つめ返す。
そんな私を見て、今度は優しく頭をポンッと叩くとそのままソファーへと戻っていった。
私はその後ろ姿を見ながら思う。
私は彼を誤解していたのかも知れないと。ゲーム内の設定だけで彼を偏見的に見て。
(でも、睡眠欲って人間の三大欲求じゃん。それに、そんなこと聞いたら益々寝られない)
私はそう思いながら、目を閉じたけれどなかなか眠れずにいた。なのでもう一度起き上がって、ソファーにもたれ掛っているアルベドをどうにかベッドに引き入れなければと思考を巡らせる。そうして、とある方法を思いつき私は両手で縄を引くようなポーズを取り思いっきりベッドへと引っ張ってみる。勿論そこに縄やら紐やらはないけれど。
「おわッ……!」
(あっ、上手くいった……!)
私が引っ張った瞬間、一瞬だけぐいっと右手首が引っ張られる感覚がし、アルベドはソファーから転がり落ちベッドの方へとずるずると引きずられていく。
光の枷で繋がっているなら、引き寄せることが出来るのでは無いかと思ったからだ。そして、その予想はあたり繋がった対象を引き寄せることが出来た。見た感じ痛そうだったけど、彼が寝ないと頑にいったため強硬手段に出ただけだ。私は悪くない。
そうして、ベッドまで引き上げ改めてアルベドを見ると、暗いながらにその頬が赤く染まっているのが分かり、何故彼が赤面しているのか分からない私は小首を傾げる。
すると彼は私から視線を逸らしながら、ボソリと言った。
「お前、なんで……俺を」
「寝ないって駄々こねたから寝させようと思って」
私が答えると、彼は黙りこくってしまった。
暫く沈黙が続き、気まずい空気が流れ始めた頃だった。
いきなり私の横で死んだように動かなかったアルベドが私を押し倒すような形で覆い被さってきた。
(い、今私……お、押し倒されてる――――!?)
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