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その頃、凛と同じ部署の沢渡奈美は、隣の課の女性とカフェにいた。
同僚の話を聞き、思わず声を上げる。
「えっ? 二階堂さんが『不動産王』の担当なの?」
同僚の女性がうなずく。
「そうなの。たまたま応接室の近くを通ったら、その『不動産王』を見ちゃってさ」
「どんな人だった?」
「『不動産王』って聞くとお年寄りを想像するでしょ? でも全然違ったの」
「違うって、どんな風に?」
「ちょっと待って、今画像を出すわね。営業企画部の人に彼の名前を聞いたから」
そう言って彼女は携帯で真壁颯介の画像を検索する。すると何枚もの写真が表示された。
奈美はそれをのぞき込んで驚いた。
「えっ、この人なの?」
「すっごいイケメンでしょ? しかも大金持ち! やばくない?」
「ええ……でも、どうして二階堂さんが担当に?」
「彼女、社内コンペの常連入賞者だよ? 実力だよ、実力!」
「…………」
「はぁ……こんなことならサボらずにコンペに参加しておけばよかった……まあ、二階堂さんが相手じゃ勝てないけどね。あ、でも沢渡さんは、一度奨励賞をもらったよね?」
「ええ」
「頑張ってて偉いよ。私なんて全然だもん」
その言葉に、奈美は作り笑いを浮かべ答えた。
「でも、いつも二階堂さんに負けてばかりだから」
「ほんとあの人すごいよねー。美人で有能なだけじゃなく、努力家だし。同じ部の男性陣も、どう頑張っても敵わないって諦めてるみたいよ」
「そうなの?」
「うん。それに噂だと、そのうち独立するんじゃないかって話もあるし。だから今回の『不動産王』との仕事も、独立の足掛かりになるんじゃないかって、みんな言ってるよ」
その言葉に、奈美は引きつった笑みを浮かべた。
「そんな都合よくいかせるもんですか!」
奈美が小声でつぶやくと、同僚が首をかしげた。
「え? 今、なんて言った?」
「ううん、なんでもない。じゃあ、私、そろそろ帰るね。お先に!」
「お疲れ様! また明日ね」
奈美は空のカップを手に取り、席を立った。
カフェを出ると、そのままタクシー乗り場へ向かう。
歩きながら、心の中で同じ言葉を呪文のように繰り返した。
(なんであの女が、なんであの女が……)
奈美は、凛のことが大嫌いだった。
その理由ははっきりしている。
奈美は学生時代から常に人気者で、前の会社でも女子社員の中で一番注目される存在だった。
仕事もそつなくこなし、社内での評判も良かった。
もともと忖度や立ち回りが上手く、持ち前の色気と可愛らしさで相手を思い通りにすることもできた。
そのおかげで、どこにいても自然と人々の視線を集めた。
しかし、次第にその環境が物足りなくなっていった。
もっと上を目指したい、もっと華やかな世界に身を置きたい。自分はこんなちっぽけな世界でくすぶっているべきじゃない……そう思った奈美は、今の会社へ転職したのだった。
当然、転職しても以前のように自分が一番の人気者になれると信じていた。
だが、この会社では、なぜか前の職場のような立ち位置を得られなかった。
(それも全部、あの女のせい!)
タクシー乗り場に着いた奈美は足を止め、ギュッと拳を握りしめた。
中途入社の奈美が凛を追い抜くのは、どう考えても難しい。
専門職としての知識も経験も、凛には到底及ばない。それは分かっている。
それでも、負けず嫌いの奈美には、その事実がどうしても許せなかった。
そこで奈美は考え方を変えることにした。
キャリアや人気で一番になれないのなら、バリキャリを目指すのはやめて結婚すればいい。
自分にふさわしい最良の結婚相手を見つければいい。そう思ったのだ。
そこで目をつけたのが、営業企画部の西岡匠だった。
西岡はそこそこイケメンで仕事もでき、性格も良くて優しい。
営業企画部のエースとして上司からの信頼も厚く、将来の出世もほぼ確実だった。
だから奈美は、ことあるごとに西岡を捕まえてアプローチしていたが、どうにも距離が縮まらない。
そのせいで、最近はずっと苛立ち気味だった。
そのときタクシーが来たので、奈美は乗り込んだ。
「代官山まで」
「承知しました」
車が走り出すと、奈美の携帯が鳴った。画面を見ると、兄の圭(けい)からのメッセージだった。
奈美の兄・沢渡圭は、そこそこ名の知れたイラストレーターだ。
奈美はすぐにメッセージを開いた。
【今日、やっと離婚が成立したよ。いろいろ心配かけてすまなかったな】
圭は、全国展開するアートスクールの社長令嬢と結婚していた。
しかし結婚後すぐにスクールが経営難に陥り、それをきっかけに夫婦間も悪化。その後二人は別居し、長く続いた離婚調停も、ようやく終わったらしい。
(ふんっ、お兄ちゃんもバカね。中途半端な小金持ちと結婚したって、うまくいくわけないじゃない。結婚するなら、もっと本物の『大金持ち』じゃないと!)
奈美は心の底からそう思った。
(いいわ、あの女から『不動産王』を奪ってやる!)
奈美はそう心の中でつぶやき、窓の外を眺めながらニヤリと笑った。
翌日の終業時刻を過ぎた頃、隣の同僚と談笑していた凛の手元で携帯が震えた。
画面には、颯介の名前が表示されている。
颯介からは『仕事があれば連絡する』と言われていたが、あの日以来ずっと音沙汰がなかった。
ということは、この電話は仕事の話に違いない。
凛は同僚との会話を切り上げ、すぐに電話に出た。
「はい、二階堂です」
「真壁です。今、ちょっといい?」
「はい」
「今度の土曜日に物件を見に行くんだけど、一緒に来てもらえるかな?」
「分かりました」
「じゃあ、時間は午後三時でいいかな?」
「はい」
「最寄り駅は、たしか世田谷線の山下だったよね?」
「そうです」
「じゃあ、駅そばのコンビニ前で待ってて」
「承知しました。土曜日の午後三時、山下駅のコンビニ前ですね」
電話を切った凛は、すぐに手帳に予定を書き込み、帰り支度を始めた。
「じゃあ、お先に失礼します」
「お疲れさまー」
「また明日ねー」
久しぶりに定時で仕事を終えた凛は、そのままエレベーターへ向かった。
凛の姿が見えなくなると、少し離れた席から奈美がそっと彼女のデスクへ歩み寄った。
それに気づいた隣の同僚が声をかける。
「あれ、沢渡さんどうしたの? 二階堂さんならもう帰ったよ」
「いえ……さっき二階堂さんの机にボールペンを置き忘れちゃって」
「ああ、そうなんだ」
奈美はにっこり笑って答えると、凛の机の隅に隠すように置かれていたボールペンを拾い上げた。
そして、含み笑いを浮かべながら、ゆっくりと自分の席へ戻っていった。
コメント
27件
5日遅れ失礼します💧 ヮ(゚д゚)ォ! なななんとヤツの妹でしたか…… ボールペン、絶対伏線だ…😱 これから奈美の行動には注意を払わないとですね…

奈美では全く無理でしょうねー。凛は小細工しないで全力で仕事!って結論になったから上手くいくんだろうと思う。圭も逃した魚は大きかったんですよね。どちらも見る目なし。
沢渡圭の妹かい😨 奈美の性格が強烈だわ。。 凛ちゃんを蹴落としても貴方は颯介さんには相手にされないよ。そのきつい性格見抜かれて嫌われそう。 勝手に凛ちゃんをライバル認定しないで自分を磨きなさい😎