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「確かに、外見が極上すぎるとイメージや理想を押し付けられがちですもんね。めちゃくちゃクールで売ってる俳優さんが、実は赤ちゃん言葉でペットと話しているとカミングアウトしてから仕事が減ったと聞いたことがありますし。ですが、だからといって残念と言われるのは、それこそ残念ですね。それに――」
出会ってまだ一日だけれど、彼は私の言葉を気味悪がることもなく、信じて助けてくれた。
彼は私を命の恩人だと言ったけれど、彼こそ私の命の恩人だ。
寺田くんにとっても。
だから、その恩人のことを『残念』だなんて言われるのは、とても悲しいしムカつく。
「――運動会も修学旅行もバレンタインも、その、女性のことも、誰よりも残念に思ってるのは鴻上さん自身だと思います」
私のクラスメイトでも、運動会の騎馬戦で落下して肋骨を折った子や、修学旅行の二日前に胃腸炎になって参加できなかった人がいた。
その子は、授業で修学旅行の振り返りをしている時も、私たちが旅行の話をしている時も、不機嫌そうに寂しそうに顔を背けていた。
そういう想いを、鴻上さんもしてきたんだ。
きっと、周囲が『残念だったね』なんて軽く言うよりずっと、ずっと辛かったはずだ。
「ありがとう」
黎琳さんの声に、無意識にギュッと握り締めていた拳から力を抜く。
「凱人のこと、そんな風に気遣ってくれて」
「いえっ! そんな! 私は、その、鴻上さんにはお世話になりましたし――」
「――それでも、ありがとう」
本当に嬉しそうにそう微笑まれ、その黎琳さんの美しさに息を飲む。
同時に、彼女とは全てにおいて正反対の自分が恥ずかしく思える。
立ち上がって、専務にペコッと頭を下げた。
「あのっ、私、戻ります。仕事が始まりますし。お寿司、ご馳走様でした」
「え? あ、待った! 本題はこれからなんだ」
「え?」
「凱人ももう戻るだろうから――」
そう言いながらドアに目を向けた専務が首を傾げた。
見ると、ドアがほんの少しだけ開いている。
そして、ゆっくりと開いた。
「――買って来たよ」
鴻上さんは手に持っているビニール袋を見せて笑った。
走ったのか、顔が赤い。目も。
「食べながら話そう」
鴻上さんから袋を受け取った黎琳さんが、中身をテーブルに出す。
「随分買って来たのね」
袋は交差点の向こうにある菓子店ので、色んな種類のプリンやゼリー、団子なんかが入っていた。
「食べきれなかったら、持って帰るといいよ」
鴻上さんが私に言った。
「そうね。じゃ、どれがいい?」
黎琳さんに聞かれて、私はフルーツゼリーを選んだ。
黎琳さんはリクエスト通りのレアチーズプリン。
鴻上さんは食べかけのお寿司を、少し早いペースで食べ始めた。
「色々と意地の悪いことを言ったが、きみの為人が知りたかったんだ。すまない」
専務が膝に手をつき、頭を下げた。
「え? いえっ、そんな! 私こそ生意気なことを言ってすみません」
「いや。言い訳だが、きみに仕事を頼みたくて、凱人に対して下心がないか確認したかった」
「仕事……ですか?」
「ああ。専務補佐、なんて名ばかりの役職でこの会社に入らせたのは、俺個人の希望で仕事をさせたかったからなんだ。だが、この会社についてよく知らない凱人が一人で動くには情報が足りなすぎる。そこで、きみに協力を頼みたい」
仕事と聞いて、背筋が伸びる。
「どのような内容の業務でしょう?」
「我が社の店舗を視察し、報告して欲しい」
「視察?」
「ああ。これはまだ口外しないで欲しいんだが、近々、全店舗を対象に業務整理をする。その為の調査だ」
「業務整理……とは、閉鎖する店舗を絞り込むということですか?」
「ああ」
決算期を前に、毎年の集客率や売上、利益から、店舗の存続か閉鎖かが話し合われる。
エリアマネージャーの報告から定期会議に上げられ、決定した内容が重役会議に上げられる。重役会議まで上がった店舗に関しては九割方、翌年に閉鎖となる。
「俺たちの目に触れる資料や報告は、振るいにかけられたものだ。当然だが、エリアマネージャーや役職者の思惑なんかが加味された結果だ。全店舗の報告に目は通すが、適当な理由をつけて閉鎖の対象から外している店舗もあるはずだ。それをあぶりだしたい。逆に、数字上は経営不振でも、改善策を講じる余地があるのなら、閉鎖より存続させたい。その判断基準として、内部や人事に詳しいきみと、ド素人の一般人目線の凱人で視察に回って欲しいんだ」
「通常業務はどうなるのでしょう?」
人事二課は三人で回している。
一人抜けるのは大打撃だ。
「毎日店舗巡りをしろというわけじゃない。Excellentは少し時間を取られるが、HARUの方は短時間で済むだろう? 時間外や休日手当も出すから、通常業務の合間で頼めないだろうか。俺からの指示だと言ってしまうと、店舗にバレる可能性もあるから」
「そうですね」
ああ、そういうことか。
恋人がいないかと聞いたのは、休日に予定があるかを聞きたかったのだろう。
確かに、休日は配信映画を観たり、アプリで漫画を読んで過ごすだけ。
断る理由がないのも悲しいが、手当が出るのならと開き直ることにした。
「わかりました! お引き受けします」
「ありがとう」と、専務が笑う。
ここにも極上イケメンがいた……!
鴻上さんよりも大人で、落ち着きのある微笑み。
昨日と今日で、一生分の美男美女にあったかも。
「誰かと一緒に仕事をするなら、乾さんがいいって凱人が言ったのよ?」
耳打ちしているようで、鴻上さんにも専務にもはっきり聞こえるように、黎琳さんが言った。
「昨日と今日だけで偶然が重なったって聞いてちょっと心配になったんだけど、凱人の言うようにとてもいい人で安心したわ」
そうか。
さっき専務も言った『下心』がないかのテストだったのか。
私みたいなのが鴻上さんとどうこうなりたいなんて、願うだけでも罰が当たるよ……。
「大丈夫です! 私、身の程を弁えていますから。鴻上さんほどの極上イケメンさんに邪な想いを抱くなど、絶対にありませんから!!」
思わずグッと拳を握ってみせる。
「ではっ! 一先ず午後の業務に戻ります。あまり長く離席すると、理由を勘ぐられてしまうと思うので。極秘任務ですもんね!」
やる気に満ちていた。
極上イケメンさんと極秘任務で店舗巡り。
会社のために貢献できるチャンスで、極上イケメンさんを観賞できるチャンス。
私は張り切って頭を下げ、重ねてお寿司のお礼を言うと、専務室を後にした。
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