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アドラル皇国
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#日常
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
2,231
「敵将はバイダル。チャガタイ家の六男だ」
カルドは敵陣を見据えたまま続けた。
「右翼はカダン。オゴタイ家の六男。左翼はオルダ――ジュチ家の長男だ」
敵将の名も、その血筋も、配置も。
まるで以前から知っていたかのように諳んじていく。
それを聞いていたククルースが、ふと首を傾げた。
「バトウは弟なのに、総司令官なんですかい?」
「モンゴリアは長子相続じゃない」
カルドはこともなげに答えた。
「皇帝オゴタイだって、三男だ」
「なるほど」
ククルースは小さく笑った。
いつもの親分だ。
そのことが、何より嬉しかった。
ここへ来るまで、あれほど弱気になったカルドを、
ククルースは見たことがなかった。
だが――もう大丈夫だろう。
「じゃあ、行きますぜ」
「ああ」
ククルースは馬に跨がった。
手綱を引き、馬首を返す。
そして自らの持ち場へ向かって駆けていった。
「見ろ。モンゴリア軍の装備を」
リチャードは、遠くに並ぶ敵陣へ目を凝らした。
「皮の鎧、皮の盾」
「全部薄い。弓も軽そうだ」
重装備の騎士を見慣れた者からすれば、どこか頼りなくさえ見える。
だが――。
あれほどの軍勢が、大陸の東からここまで勝ち続けてきた。
見た目だけで侮ることはできない。
リチャードは周囲へ目を配りながら、開戦の時を待っていた。
やがて、隣にいる少年へ声をかける。
「ロビン」
「なんです?」
「離れるなよ」
ロビンは少し笑った。
「わかってます」
その時だった。
低く、腹の底へ響くような角笛が鳴った。
ブオオオオオ――。
一つ。
続いて、二つ、三つ。
やがて無数の音が重なり、平原そのものが唸り始める。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。
モンゴリア軍の前列が、ゆっくりと動き出した。
最初は歩くほどの速さだった。
だが、次第に速くなる。
正面の軽装騎兵の馬蹄が大地を叩き、乾いた土を巻き上げていく。
地平線が茶色く霞んだ。
「弓を構えたぞ!」
リチャードが目を細める。
敵騎兵たちは馬を駆りながら、一斉に弓を取り出していた。
「まだ遠いぞ……」
ロビンが呟いた、その直後。
空が暗くなった。
無数の矢が、弧を描いてこちらへ飛んでくる。
「盾!」
号令が響く。
兵士たちが一斉に盾を掲げた。
次の瞬間――。
ババババババッ!
雨のような音とともに、矢が盾へ突き刺さった。
馬がいななき、兵が倒れる。
それでもモンゴリア騎兵は止まらない。
矢を放つ。
駆ける。
また矢を放つ。
「これが……モンゴリアの戦い方か」
リチャードは剣を抜いた。
「ロビン!」
「はい!」
「行くぞ!」
今度はエスカリオ軍の角笛が鳴る。
重騎兵たちが槍を下げた。
そして――。
二つの大軍が、平原の中央へ向かって一斉に走り出した。
「始まったか」
カルドは、正面で激突する騎馬隊を凝視していた。
モンゴリア騎兵は接近しきる前から矢を放ち、こちらの前列を削っている。
「敵の矢……思った以上に届くな」
しばらく戦況を見つめたあと、カルドはすぐに命じた。
「リチャードに伝令!」
「はっ!」
「第一列を少し下がらせろ。第二列との間隔を詰めさせるんだ」
伝令騎兵が駆けていく。
ほどなくして、その命令はリチャードのもとへ届いた。
「第一列を下げ、第二列との間合いを詰めよ。陛下からです!」
「承知!」
リチャードは即座に答えた。
「第二列、前へ! 突撃準備!」
後方で待機していた騎士たちが、一斉に槍を構える。
リチャードは再び正面へ目を向けた。
第一列は矢を浴びながらも、まだ大きく崩れてはいない。
敵の射撃は厄介だ。
だが、恐れていたほどの損害ではなかった。
(問題は――敵の前列を破った、その先だ)
モンゴリア軍が、これほど単純に正面から受け止めるだけとは思えない。
何かある。
そう思いながらも、ここで止まるわけにはいかなかった。
リチャードは剣を振り上げた。
「第二列――突撃!」
号令とともに、重騎兵の列が動き出した。
大地を震わせながら、モンゴリア軍の前列へ向けて一斉に加速していく。
「見てください! 敵が崩れていきます!」
ロビンは、モンゴリア軍の前列が押し潰されていく光景に、興奮を隠しきれない様子だった。
重騎兵の突撃を受け、敵騎兵が次々と後方へ下がっていく。
だが、リチャードは笑わなかった。
黙ったまま、敵陣の奥を見つめている。
(……まだだ)
敵は崩れている。
だが、何かがおかしい。
退却する兵に混乱がない。
逃げているというより――下がっている。
「第三列を投入する」
リチャードは決断した。
「ここで押し切る。敵が完全に崩れたら、俺たちも突撃するぞ」
「はい!」
一方。
カルドもまた、中央の戦況を凝視していた。
前列は押している。
二列目も敵陣へ食い込み始めた。
それでも、その表情は険しいままだった。
「ククルースに伝令」
「はっ!」
「側面からの攻撃を警戒させろ」
伝令が駆け出す。
カルドは剣を抜いた。
「我々も出るぞ。本陣を前へ」
その時だった。
敵軍の左右から、数騎の騎馬が飛び出した。
戦うためではない。
彼らは一定の間隔を取りながら、両翼へ向かって走っている。
カルドの目が鋭くなる。
「ククルースに伝令!」
ほとんど条件反射だった。
「あの騎馬を討て! 一騎も通すな!」
「はっ!」
だが――。
すでに遅かった。
左右へ散った騎馬のうち一騎が、馬上で大きく旗を振った。
それに応えるように、遠くで角笛が鳴る。
一つ。
二つ。
そして、両翼から無数の蹄の音が響き始めた。
カルドは初めて中央から目を離した。
ククルースもまた、ほぼ同時にその数騎を捕捉していた。
「討て!」
剣を振り上げる。
「一騎も通すな!」
配下の騎兵が一斉に飛び出した。
だが――。
敵騎馬は、まるでそれを嘲笑うかのように散開した。
追手の間を縫い、
馬首を返し、
一騎、また一騎と包囲をすり抜けていく。
「くそっ!」
ククルースが振り返った。
逃れた騎馬たちが向かっている先。
そこには、敵前列を押し込みながら前進を続けるリチャードの騎兵隊がいた。
その後方へ。
数騎の騎馬が、迷うことなく駆けていく。
ククルースの顔から笑みが消えた。
「……何をする気だ」
異変が始まった。
コメント
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「敵将の配置を諳んじるカルド、弱気から立ち直った姿にホッとしました。戦闘描写も緊迫感があって、特に両翼から騎馬が飛び出す“異変”の始まり方、ゾクッとしましたね。敵の退却に混乱がない——その違和感をリチャードが察知しているのも上手い。ククルースの「何をする気だ」で終わるラスト、次が気になって仕方ないです。」