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「マリアンを取り返しに行こう」
「危険だ」
サイラスは即座に答えた。
「でもマリアンが――」
「座れ」
ロビンは思わず言葉を止めた。
サイラスは焚火の前に腰を下ろし、静かに言う。
「状況を整理しよう」
「ヘレフォード司教はノッテンガム卿とつながっている」
「おそらく明日の朝にはマリアンを城へ送るはずだ」
ロビンの顔が強張る。
「そんな……」
「だが安心しろ」
サイラスは指を一本立てた。
「マリアンは人質じゃない」
「え?」
「おとりだ」
「狙いは君だよ、ロビン」
沈黙。
サイラスは続ける。
「君が助けに来るのを待っている」
「城に入るまでが勝負だ」
ロビンは拳を握った。
「じゃあどうする」
サイラスは少し考えた。
「明日の朝、護送中を襲うか」
「あるいは――」
ロビンが顔を上げる。
そして迷いなく言った。
「盗もう」
「何を?」
「マリアンを」
サイラスが片眉を上げる。
「今から」
一瞬の静寂。
やがてサイラスは小さく笑った。
「それも義賊らしい答えだな」
月明かりに照らされた修道院は、
森の闇の中に白く浮かび上がっていた。
石造りの回廊には静寂が満ち、
遠くで鐘の音だけがかすかに響く。
高い塀の向こうで、
修道女たちの灯した小さな明かりが揺れていた。
月が高く昇る頃。
ガイは護衛の兵たちを引き連れ、ヘレフォード修道院の門をくぐった。
石畳に靴音が響く。
奥の応接室では、ヘレフォード司教が暖炉の前で待っていた。
「遅かったな」
司教は不機嫌そうに言った。
ガイは軽く頭を下げる。
「マリアンを捕まえたのか?」
「そうだ」
その返事を聞くと、司教は満足そうに頷いた。
「子供相手にぐずぐずしているお前さんの手助けをしてやったぞ」
ガイは眉ひとつ動かさない。
「感謝いたします」
「明日の朝には城へ移送する手はずだ」
司教は椅子へ深く腰を沈めた。
「城に入れてしまえば、あの森の盗賊どもも手も足も出まい」
ガイは腕を組む。
「むしろ問題はその前だ」
「ん?」
「連中が動くなら明日の道中でしょう」
司教の顔から笑みが消えた。
ガイは淡々と続ける。
「ロビンは必ず来る」
「今度はしくじるなよ」
司教は念を押すように言った。
その時だった。
廊下の向こうから、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
怒鳴り声。
慌ただしい足音。
司教が顔をしかめる。
「なんじゃ、こんな時間に」
椅子から立ち上がると、ぶつぶつ文句を言いながら部屋を出ていった。
扉が閉まる。
部屋には静寂が戻った。
残されたのはガイとマリアンだけだった。
しばらく沈黙が続く。
先に口を開いたのはガイだった。
「お元気でしたか」
マリアンは小さく頷く。
「ええ」
短い返事。
それだけで会話は途切れた。
ガイは改めてマリアンへ目を向ける。
森での生活が長いのだろう。
かつて領主の娘だった頃の華やかな衣装はなく、
身につけているのは質素な旅服だけだった。
袖には繕った跡も見える。
その姿を見て、ガイは思わず口を開いた。
「ずいぶん……無理をしているのですね」
「私はあきらめてはおりません」
ガイは静かに言った。
窓から差し込む月明かりが、その横顔を照らしている。
マリアンは黙ったまま彼を見つめた。
かつて父が選んだ婚約者。
若くして騎士となり、今ではノッテンガム卿の腹心。
多くの娘が憧れる相手だった。
ガイはしばらく言葉を探すように視線を落とした。
「あのようなことがなければ――」
小さく息を吐く。
「あなたは今頃、私の館で暮らしていたはずだ」
部屋に沈黙が落ちた。
遠くで夜風が窓を揺らす。
やがてガイは顔を上げた。
「マリアン姫」
その声は戦場で部下に命じる時よりも、ずっと弱々しかった。
「私と結婚してくれませんか」
マリアンは目を伏せる。
ガイは続けた。
「お父上も、それを望んでおられた」
「私ならあなたを守れる」
「森を追われることも」
「飢えることも」
「怯えて暮らすこともない」
言葉は静かだった。
だがそこに嘘はなかった。
ガイは本気でそう思っていた。
本気でマリアンを幸せにできると信じていた。
長い沈黙の後。
マリアンはゆっくりと首を振った。
「……ごめんなさい」
それだけだった。
ガイは目を閉じた。
予想していた答えだった。
それでも胸の奥がわずかに痛む。
あの日。
ロビンが現れなければ。
もし森へ逃げなければ。
違う未来もあったのだろうか。
だが今さら考えても仕方がない。
ガイはゆっくり目を開いた。
その時だった。
ばんっ!
扉が勢いよく開かれる。
「賊だ!」
ヘレフォード司教が転がるように飛び込んできた。
顔は青ざめ、額には汗が浮かんでいる。
「賊の襲撃だ!」
「ほれ、ガイ!」
「お前さんの出番だ!」
「儂を助けよ!」
ガイは大きくため息をついた。
そして腰の剣に手をかける。
「来ましたか」
まるで分かっていたかのような口調だった。
一瞬だけマリアンを見る。
「どうやら」
口元にかすかな苦笑が浮かんだ。
「あなたの騎士殿がお迎えに来たようだ」
そう言い残し、ガイは部屋を後にした。
エスカリオ王宮――
カルド王は机へ頬杖をつきながら、
じっと報告書を見つめていた。
「で、サイラスが消息を絶った場所はどこだっけ?」
向かいに立つコピットが、静かに答える。
「ノッテンガムです」
「で、最近“義賊”が出るって噂になってるのは?」
「ノッテンガムです」
「で、森林警備隊が追い返されたのは……」
「ノッテンガムで……」
「……」
カルドはしばらく黙り込んだ。
やがて机をばんっと叩く。
「できすぎだろう!!」
王の怒鳴り声が部屋へ響く。
「あやしいと思わないのか!?」
「そうは申されましても……」
コピットは困ったように目を伏せた。
証拠はない。
だが、
偶然にしては出来すぎている。
カルドは唸りながら椅子へもたれかかった。
「絶対あいつだ……」
「なんかに首をつっこんでいるんだ……」
そう呟くと、カルドは手を振った。
「もうよい、下がれ」
「はっ」
コピットが退出すると、
カルドは深いため息をつく。
そして部屋の隅へ視線を向けた。
「ククルース」
いつの間にか、
壁際で傭兵時代からの仲間が立っていた。
「お呼びで?」
低い声。
カルドはにやりと笑う。
「新兵を三十人ばかり用意してくれ」
ククルースの眉がわずかに動いた。
「新兵ですかい」
「ものの役にたちゃしませんよ」
「いいんだよ」
カルドは椅子を回しながら、
どこか楽しそうに言う。
「向こう、ポーンしか持ってないだろうよ」
「はあ?」
「ナイトだのビショップだの、持ってけねえだろうが」
ククルースは呆れた顔になった。
「またわけのわからんことを……」
カルドは立ち上がり、
窓の外を見た。
遠く、
夕暮れの空が赤く染まっている。
「待ってろよ、サイラス」
口元が吊り上がった。
「内乱罪でしょっぴいてやる」
その声には、
怒りよりも、
どこか悪戯好きな少年のような響きが混じっていた。
その頃――
廊下の向こうでは、
豪奢なドレスの裾が静かに揺れていた。
エレノア王妃である。
彼女は閉じた扇を口元へ当て、
くすりと微笑んだ。
「あらあら……」
「そろそろ、サイラス坊やに送った手紙が着いてるころね」
「楽しみだわ」
あれあれーどうやら王様は、
ひとつの結論へ辿り着いたようですね。
でも王様。
王妃様へ内緒で進めて、
本当に大丈夫なのですか?
コメント
1件
うわ、第6話、めっちゃ熱かったですね…! ロビンの「盗もう」からの即決、サイラスの苦笑い、もう義賊のコンビネーションが最高です。ガイのプロポーズのシーン、真剣なのに切なくて、マリアンの「ごめんなさい」が胸に刺さりました。そして王宮パート、カルド王の「できすぎだろう!」には笑いました。王妃様の意味深な笑みも気になる…。次が待ち遠しいです!