–前書き–
時系列としては死にたがりの男の前のお話です。
以下、本文。
「お食事会だよっ!」
ピンクの毛並みが珍しい狐獣人の少女が、朝早くから訪れたのは街の狩人たちが暮らしている宿舎の一室。
迎えでたエルフは同居人の先輩と狐獣人のチラシを受け取って
「お食事会って、みんなで? それも今夜? あちゃーせっかくの誘いなのに私たちこれからちょっと足伸ばして山の奥の方まで行くんだよねー。ダリルとならいつでも食べられるしまたにしようかな?」
「ダリルはフィナも来てくれると嬉しいと思うんだけどねっ!」
「また行くからその時にって伝えてて」
フィナは笑顔で「ごめんね」と言って別れた。
「お食事会だよっ!」
街の冒険者ギルドにおけるクエストや金銭、その他諸々の事務方で働く巨人のクォーターのところにピンクの狐はいた。
「ダリルさんのお食事会? それは楽しみだなぁ。行きたいのは行きたいんだけど……今日は終わってから鍛錬場のみんなにデモンストレーションの約束があってね。また別の日にお邪魔しますって伝えててくれないかな?」
「ダリルもジョイスが来てくれると嬉しいと思うんだけどねっ⁉︎」
「すみません……」と申し訳ない顔で断られてしまった。
「お食事会だよっ!」
「お、おお⁉︎ 誰っ? え? ダリルにいちゃんとこの? すみません、いきなりでびっくりしました」
ピンクの狐獣人はいま街に良質な鉄鉱石を卸しているドワーフの村に来ていた。
「お食事会かぁ。きっと楽しいんだろうなぁ。でもごめんね? 今はまだ掘り始めたばかりで、今日は夜遅くなりそうだから、急いで向かっても間に合わないや」
「ダリルも孤児院のレイナもトマスが来てくれると嬉しいと思うんだけどねっ!」
「本当にごめんよ」とトマスはレイナの名前に顔を赤くしたものの、結局断られた。
「お食事会だよっ!」
今はまだ過ごしやすい山の頂上。そこにある可愛らしい庵にピンク狐は来ていた。
「ダリルさまの……」
マイはダリルが大好き。来ないなんてことは天地がひっくり返っても無い。
「でもマイは、ここから、動けない。だから、ごめんなさい。ダリルさまに、よろしく」
「マイが来てくれるとダリルも嬉しいと思うんだけどねっ⁉︎」
「でもマイはここを離れられないから」と。あてが外れて結局断られてしまった。
「お食事会だよっ!」
いまピンク狐は南の森に程近い草原に来ていた。
「ダリルさんのっすか? あの人がお食事会なんて珍しいっすね?」
このうさ耳もダリルが大好き。だから来ないなんてことはまず無い。
「ダリルさんにはいつでも会いたいっすけど、今は魔術士の育成が忙しいっすよ。これもダリルさんから教わってやってる使命っすから。参加はしたいっすけど、放り出していったらゲンコツもらいそうっす。また明日にでも行くっすから、うさ耳触り放題っすよって伝えておいてくださいっす」
「ダリルもエイミアが来てくれると嬉しいと思うんだけどねっ?」
「それは間違いないっすけど」と、それでも「ごめんっす」と断られてしまった。
街の孤児院の敷地を借りて、ダリルと元生贄巫女のサツキ、それにここのところギルドのトップの座を不動のものにしている剣士のビリーが子どもたちと会場の準備に忙しく動いている。
「ああ、ミーナ。すまないな、そんな用事を頼んで」
ピンク狐はいまあちこちの知り合いにチラシを配り終えて孤児院の会場に帰ってきていた。
「ううんっ! でもちゃんと配ってきたよっ!」
ゲストはべつに先のメンバーだけではなく、この一帯の人々に手当たり次第に配った様なものだ。その参加不参加の詳細までは別に伝えもしない。ただそれでも来てくれると嬉しいと言うのはダリルがと言うだけではなく、この世界に留まることを選んだミーナの本心でもあった。
日も暮れて続々と招待客がやってくる。もともと忙しい人たちだ。全員が来るわけでもないが、それでも会場は人で溢れそうな賑わいだ。
「ダリルさん、たくさん集まってくれて良かったですね」
「ああ。サツキも準備してくれて助かった。もちろんビリーもだ」
「いえ、たまにはこういうのも良いですね。ホスト側っていうのは初めてですし」
サツキたちが腕によりをかけて作った料理はおおむね好評で、知った顔もそうでないものも楽しんでくれている。
その中でミーナはダリルのそばで椅子に腰掛けているが、ミーナにはダリルの心の奥底が感じられている。賑わいにホッとして喜んでいるその奥底にあるもの。別に普段からつるんでいるような面々ではあるけれど、その姿が見えないことに少なくない寂しさを感じていることも。
「今日だけは、来てほしかったなぁっ。」
不意に会場の一角で子供たちの歓声が聞こえてきた。何か楽しいことでもあったのかなと、ミーナが顔をあげると、全身の筋肉を盛り上がらせていつものように服を弾けさせた巨人がいた。しかも今回は似たような筋肉達を何人も連れて歩いている。
「はは、やっぱり来ちゃいました。せっかくデモンストレーションをするなら人が沢山いてるところが良いとかみんな言いまして」
「露出狂の宴会場とは違うんだが……まあ、来てくれてありがとう。みんなを楽しませてやってくれ」
「お任せください」
「あら? 来てくれたんだね。え、お花? ふふ、ありがとうね」
なにやら微笑ましいやり取りがあったみたいで、振り返るとドワーフのみんながぞろぞろとやってきていて、お酒片手にはしゃいでいる。その中で孤児院のレイナに山の珍しい花束を渡しているトマスがいた。
「まあ、父ちゃんにいったら、始めたばかりだから明日に回してもいいだろって。それより酒だーっなんてさ」
そうはにかんでみせたトマスはチラチラとレイナを気にしている。
「トマスも。参加してくれてありがとう。ここは俺に構わず……そうだなレイナも調理や配膳で忙しい。手伝ってやってくれると助かる」
「うん! 任せてよ!」
「こんっのっ! ど変態があっ!」
この叫びは考えるまでもなくフィナのものだ。子供たちの歓声がさらに大きくなって、フィナを歓迎する声があがってくる。
「街に向かうトマスくんが見えたからね。やっぱり来たくなって、ピヨピヨで飛んできたよ。お待たせ、ダリルぅぅあうあうあ!」
「ピヨピヨは街の人にはデカすぎて脅威だと何度言ったら!」
またしてもダリルのアイアンクローの餌食になるエルフ。
「へ、へもほは! ぷはっ! でもほら! みんなピヨピヨを撫でてくれてるよ?」
「あん?」
あまりにもフィナがあの巨鳥に乗ってダリルの店にダイレクト入店を繰り返すから、知らぬうちに慣れられて餌付けまでされていたようだ。
「ふっ、これもお前の人となりが為せることなのかもな」
「なに? ダリル私のこと惚れ直した?」
「直すも何も惚れてないから安心しろ。それより筋肉パーティが盛り上がっているぞ。子どもたちの情操教育が心配だな」
「あーっ! あいつらぁ! とっちめてやるわっ!」
ミーナはなんだかんだ参加してくれるみんなが有難かった。そして、サツキもその気持ちはおんなじで、まだ来てくれていないメインゲストたちにも来て欲しいなんて願っている。
「マイは、サツキの事が、心配。だからきた」
遠くの喧騒を羨ましく見ていたサツキの視線の下に、山伏姿の少女が立っていて言い訳みたいなことを言っている。
「マイちゃん。来てくれたんだね、ありがとう」
サツキはマイに救われている。その本当の意味での記憶はないけれど、この街に送り込んでくれた恩人だ。そしてダリルの事が好きすぎる少女。
「ダリルさま。ちゃんと来た」
「マイか。待っていた。すまないな、俺から行くのは簡単なんだが、マイを呼ぶのはなかなか難しい」
「大丈夫。そのために、サツキを街においてる。サツキが心配だから、ここに来ることが、許された」
「なるほど。そういう魂胆もあったか」
マイはダリルの腰に手を回してべったりになってしまった。
「お、おい! なんだあれは! 津波かっ⁉︎」
誰かがそう叫んで騒ぎの方をみれば、こんな海も川も遠い平地のど真ん中に鉄砲水がやってきて会場の孤児院の前の道を川にしてしまった。
「お待たせやで! ダリルぅ!」
水の勢いそのままに流れてきた人魚は、トビウオよろしくの勢いで飛び出してダリルの胸に激突した。マイは離すまいと必死だ。
「クローディア、よく来てくれたな?いや、ミーナでは難しいから今回は見送ったのだが……」
「そんなん水臭いやんかぁ。いやうちらの水は臭く無いけどな? ダリルがパーティするって言うやんか。そんならうちが参加せえへんわけあらへんっ! 誘われてなくってもくるで!」
「お、おう……それはありがとう。しかし水がなければやってこれなどしないお前みたいな魚がどうやって?」
「さ、魚言うなぁー!人魚はそこらへんの魚とはちゃうんやで!!こんな愛らしい美女に抱きつかれて魚呼ばわりは酷すぎひん⁉︎」
「あ、ああ。すまんすまん。だがどうやってここまで?」
「そら泳いでに決まってるやん。まあ、その泳いで言うのんも水がないとどないもでけへん事やけどな。ほんでその水は……」
「私っすよ! ダリルさん!」
空から、降ってきたうさ耳少女が、クローディアとマイが抱きつくダリルの背中に着地してそのままおんぶの格好になってしがみつく。
「私の魔術なら、海からここまで繋ぐことなんて朝飯前っすよ! あ、まだ夕ご飯食べてないから夕ご飯前っすね!」
「耳元でうるさい……しかしそうか。海からここまで……は? それは本当にとんでもないことだな」
「ホンマやでぇ。うちらでそれやろうと思うたら、海底の秘宝取り出してきて水龍にも手伝ってもらってそれでも一度きりやろうなぁ」
海からここまでどれだけあると思っているのか、しかもこの水量。
「俺が仕込んだとは言え、途轍もない魔術士になったものだな」
この世界の魔力や精霊たちに愛されているんだな。
「おやおや? ダリルさん。精霊たちに嫉妬でもしてるんすか?」
「人の考えまで読んで訳のわからん事を言うな」
ぐしぐし、とうさ耳の頭を撫でてダリルは嬉しそうである。
「まあ、来てくれてありがとう」
ミーナは結局来れる人みんな来てくれたことに感謝の気持ちが溢れてくる。
この光景をきっと忘れない。
この街の状況からして、そろそろ終わりが近いのはミーナはもちろんダリルも分かっている。
街のみんなは変化の後に然るべきポジションにつくことになるだろう。永き時を街に縛られたみんなの記憶もずいぶんと改変されるはずだ。
「明日」が当たり前のいつもの「明日」である保証はもうどこにもないんだ。
ミーナ自身その時に帰るべきところに還るだろう。
ダリルの身にもどういう変化が訪れるかわからない。もしかしたらみんなみんな記憶が無くなってしまう未来もあるかも知れない。
ダリルの思いつきのお食事会は、ダリル自身がその事を危惧して、そして忘れたくない思いでいっぱいだからこそのこの宴。
ダリルも、ミーナも。今この時を楽しみ、この時を心に刻んでいる。
待ち侘びた結末が待ち侘びた結果だけをもたらすなんて考えていない。今回の計画の規模からして副次的に何かがあるだろう。
ミーナは忘れられる存在だ。一度忘れられて、それでもまたビリーと過ごすことを願って再誕した。その先にまた忘れられることを知っていてもこの結末の時まで生きる事を願った。
忘れられたくない。忘れたくない。その想いがわがままだと分かっている。ならせめてと開催された宴は、ピンク色の狐獣人に涙させた。
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