その頃、副社長室には優斗がいた。
「で、花純ちゃんとしばらく同居するって訳か?」
「ああ、仕方ないだろう? 彼女行く所がないんだ。それに副業させたのは俺だからな。身体を壊すまで無理させてしまった責
任が俺にはある」
「いや、だからって、いつものお前だったらホテルを取ってそこへ送り込むのが普通じゃないか? それをなぜお前の家にわざ
わざ? お前家に女を入れるのを嫌がってたじゃないか」
「ああ、今まではな……」
「だろ? それなのになんで花純ちゃんは入れるんだ?」
優斗に問い詰められた壮馬は、言葉を選びながら言う。
「自分でもよく分からないんだよ…なんだろう? 子猫を拾った時の感覚っていうのかなぁ?」
「ハッ? なんだそれ? まあ確かに花純ちゃんは火事で焼け出されて不憫だっていうのは分かるよ。でも今まで自宅に女を寄
せ付けなかったお前が、どうして花純ちゃんだけは家に入れているのかって、俺はそう聞いているんだよ!」
「うるせえな…とにかくそうしたかったからしたまでだ。お前にとやかく言われる筋合いはない」
「ハァッ? おまえんちに女が同居してるのがマスコミにでも知られてみろ。迷惑するのは花純ちゃんなんだぞ? 俺はそれを
心配して言ってるんだ。体調が回復したんだったらホテルなりなんなりに移動させるのが筋ってもんだろう? お前はまたゴシ
ップで騒がれてもいいのか?」
「…………」
思わず壮馬は黙り込む。
「ほらな、なんも言い返せねぇじゃねーか」
「いや……俺は……」
「俺は?」
「彼女と一緒にいると居心地がいいんだ」
「えっ?」
そこで優斗がびっくりして目を見開く。
驚き過ぎて、それ以上言葉が出ないようだ。
「自分でもよくわからないんだよ。初めての感覚なんだ。こんな気持ちになったのは…」
「おまえ…まさか……」
そう言われた壮馬は、フッと笑うとはっきり言った。
「多分俺は彼女に惚れてる」
「壮馬……」
優斗は驚きを隠せずにいたが、一呼吸おいて言った。
「マジか? そう言う事か! なんだよぉー、それなら俺だって納得するさ。それにしても壮馬がまさかなぁー、あ、だから彼
女を今回のプロジェクトに引き入れたって訳か。なるほどな。その時点で気づくべきだったな…」
優斗は急に饒舌になり捲し立てた。
「いや、下心があって彼女をプロジェクトに引き入れた訳じゃない。そこは純粋に彼女の植物に対する熱意を見込んでの事だ」
「はいはい…なんとでもいい訳しろよ」
興奮している優斗は、それ以上聞く耳を持たなかったので壮馬はそれ以上反論するのはやめた。
「で? この後どう攻めていくんだ?」
「攻めるも何もないさ。とにかく今はプロジェクトを成功させる事が先決だ」
「はいはい…真面目な壮馬君らしいお答えですねー。でも花純ちゃんはな、今は仕方なくお前んとこに居るだけかもしれない
ぞ。新しい家が見つかったらすぐに出て行っちゃうんじゃないか?」
「だろうな。でも当分はこのままだ」
「壮馬君がその間にちゃんと愛の告白ができるかどうかがキーポイントだなぁ」
優斗がからかいながら大声で言った。
その時、ドアの向こうでは秘書の麗子が聞き耳を立てていた。
前半の会話は、二人のくぐもった声しか聞こえなかったが、今優斗が叫んだ言葉ははっきりと聞こえた。
『壮馬君がその間にちゃんと愛の告白が出来るかどうかがキーポイントだなぁ』
(副社長が愛の告白? 一体誰に? ま、まさか私?)
そこで麗子は大きな勘違いをしてしまう。
(秘書になってすぐの頃、社長から息子の事をくれぐれもよろしく頼むと言われたけれど、それはそういう意味だったの?)
とたんに麗子はソワソワし始める。
壮馬付きの秘書は一年単位で入れ替わっていた。
麗子が秘書になる前の壮馬の秘書は、麗子の一期上の先輩で才色兼備の華やかな女性だった。
しかし一年程秘書を務めた後、自己都合で退職してしまった。
社内では、壮馬の秘書に抜擢された社員=お嫁さん候補 と囁かれていた。
壮馬が気に入らないと、秘書は一年でチェンジする。
つまりその背後には、社長である壮馬の父の策略があるのではないかとも言われていた。
なかなか結婚しない息子に対し、嫁候補の社員を次々とあてがっているらしいと。
(という事は、ついに私は彼に気に入られたって事?)
麗子は途端にウキウキし始める。
数週間前くらいから、私的な用件で壮馬にかかってくる女性からの電話はピタリとやんだ。
そして、最近壮馬が夜遊びをしている様子もない。
(それってやっぱり私が見初められたって事?)
麗子には何ともいえない高揚感が押し寄せてくる。
(ついに私も副社長夫人?)
麗子は悦びで震える胸を押さえつつ、デスクへ戻ってなんとか心を落ち着かせようとした。
その時、副社長室のドアが勢いよく開き、優斗が出て来た。
「お邪魔しましたー」
「あ、いえ…」
麗子はにやけそうな顔を必死に抑えながら、丁寧に頭を下げる。
優斗が出て行った後、麗子は副社長室のドアをじっと見つめた。
(きっと近いうちに私にアプローチがあるんだわ…)
麗子は自分が大きな勘違いをしているという事に全く気付かずに、
微笑みを浮かべながら副社長夫人となった自分の姿を想像していた。
その時、電話が鳴った。
「はい、副社長室でございます」
電話は高城不動産の総合受付の女性からだった。
「本条麗華さまという女性から、副社長にお電話です」
その言葉を聞いて、麗子はすぐに凍り付く。
それは去年まで壮馬が付き合っていたモデルの名だった。
もちろん麗子は、壮馬と麗華がとっくに破局した事を知っている。
それなのに、今さら何の用なのだろうか?
(一体なんなの?)
麗子は自分と一文字違いの麗華に対し、あまり良い印象は持っていなかった。
華やかな世界にいる自信たっぷりの本条麗華の事が大嫌いだった。
当時壮馬と麗華が付き合っているのを見て、無性にイライラしたのを覚えている。
本当なら壮馬は留守だと偽り、電話を切ってやりたかった。
しかしそれが後でバレたら大問題なので、仕方なく壮馬に電話を入れる。
「もしもし?」
「本条麗華様からお電話が入っています」
その瞬間、壮馬が重いため息をついたのが分かった。
(ほらやっぱり、彼は迷惑なのよ)
麗子はフンッと鼻を鳴らすと、再び落ち着いた声で壮馬に聞いた。
「外出中とお伝えしますか?」
「いや、いい…繋いでくれ……」
仕方なく麗子は麗華からの電話を繋いだ。
そしてすぐに副社長室のドアに駆け寄ると、耳をドアにピタリと当てて中の様子をうかがった。
「もしもし…」
「壮馬? 久しぶりね。元気にしてる?」
「ああ。何か用か?」
「あら、随分そっけないじゃない? 久しぶりに電話したっていうのに」
「久しぶりも何も、俺達はもう別れたんだろう? 今更なんの用だ?」
「うん、あのね、ちょっとお食事でもどうかなーと思って」
「悪いが、俺は別れた女とは二度と会わない事にしているんだ。それに忙しくて君に付き合っている暇もない」
「相変わらず冷たいわねー。でもそっちがそんな態度なら私にも考えがあるわ」
「考えってなんだ?」
「フフッ、教えない」
「とにかく、もう二度と連絡しないでくれ」
「フフッ、私にそんな態度を取ったらきっと後悔するわよ」
麗華はそう言ってガチャンと電話を切った。
ツー ツー ツー ツー
「まったく、一体何を考えているんだ?」
壮馬は面倒臭そうに呟くと、すぐに気持ちを切り替えてパソコンに向かった。
その時、ドアに耳を当て中の様子をうかがっていた麗子は、
(フフッ、とっくに別れているのに未練たらしい女ね。あなたはもう過去の女なのよ。それに副社長夫人に相応しいのは、私み
たいなおとなしくて従順で上品な女に決まっているじゃない…)
麗子はそうほくそ笑むと、ご機嫌な様子で席に戻った。
コメント
3件
壮馬さんが惚れてるのは花純ちゃんなのよ‼️ 女豹麗子の盛大なおめでたい勘違い🤣 2匹目の女豹麗華はなんの用? ホント邪魔したり、花純ちゃんがキズつくようなことはしないで‼️ 猟銃民壮馬さんが女豹W麗に狙われてる😱 盗み聞きする秘書サン?どこが上品なのかな?教えてくれる?
花純ちゃんへの恋心をハッキリと自覚している壮馬さん♥️ 花純ちゃんが早く 壮馬さんの想いに気づき、そして 彼女も好意を持ってくれると良いのですが....🍀 優斗さん、優香さん、 二人の応援を よろしく頼みます💕 壮馬さんを狙う女性達の動向が 気になりますね💦 二人の邪魔をしてきませんように....🙏
壮馬さんは自分が花純ンに惚れてるって自覚があったんだ🥰👍⁉️ だから自宅にこのまま引き留めておきたいんだね🥹🌸少しずつ愛を伝えて花純ンに愛してもらうよう頑張ってね😉💕👍 それとー、優斗さんのお陰で大きな勘違いをした麗華💢大人しくて従順で上品な女性は副社長夫人の地位を目論むことなんてしません💢‼️🤬ちゃんと仕事だけ‼︎してろよ