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寝正月、という言葉の意味をご存じだろうか。
知っているつもりだったが、どうやら意味はもうひとつあったらしい。
彪のお母さんとの対面から三日。
私と彪は、初めて迎える正月のため、私の部屋の荷物を寝室に運び、大掃除をして、なんとか『柳田家』を整えた。
そして、清々しい気持ちで年越しそばを食べ、年末の歌番組やお笑い番組などを見た。
正直、歌手も芸人もよくわからなかった。
彪も同じようだった。
だからか、早々に飽きたらしく、テレビを消した彪が宣言した。
「よし! 今年はがっつり寝正月だ!」
日頃の疲れや大掃除の肉体的な疲れ、お祖母様やお母様との対面など精神的な疲れなどあるだろう。
そう思って、私は「いいですね」と答えた。
まさか、寝と書いてセックスと読むとは知らずに。
宣言通り、私たちは三が日をベッドで過ごした。
もともと三が日は買い物に出るつもりがなかったから、食材などは買い込んでいたが、それがあだとなって、言葉通り丸三日間をベッドで過ごした。
そして、事件が起きたのは最終日。
「やべ、ゴムきらした」
正確には、使い果たした。
誤解のないように補足すると、この三日間でひと箱を使ったわけではない。
正確な回数など憶えていないが。
とにかく避妊具がなくなった。
その時の私は、正直に言ってホッとした。
精も根も尽き果てるとはこのことかというほど、疲労困憊していた。
明日から仕事だと言うのに、腰が痛い。
セックスして、寝て、起きてセックスして、食事をして、セックスして。
食事の時以外はずっと彪に触れられていた。
そうしていると、触れられていないと寂しく思えてくる。
洗脳に近い心理状態かもしれない。
だから、だ。
そうでなければ、頷かなかった。
「このまま、シていい?」
後で、冷静になって考えてみたら、気づけた。
彪は、始める前から気づいていたことに。
だって、最後の一つを使った時に、それが最後だとわかったはずだ。
なのに、彪は私をその気にさせた。
「これで最後だから」とまで言って。
身体中を撫でられ、舐められ、泣かされ、喘がされた。
きっと、三日間で一番念入りに蕩かされた。
それなのに、イカせてもらえなくて、私の身体は疼きに疼き、ある種の極限状態にあった。
だから、だ。
「挿れて……」
彪がどんな表情をしていたかはわからない。
泣き過ぎて、何も見えなくなっていたから。
「ここに――」と言いながら、彪が私の臍の辺りを掌で撫でる。
それだけでも、息が上がるほど身体中敏感になっていた。
「――俺の……出していい?」
何度も言う。
私の精神状態は正常ではなかった。
なぜなら、『挿れて』と言ったのに、『出して』いいかと聞かれたことの意味がわからなかったから。
「早くぅ……」
「椿、駆け引きってのはこうするんだよ」
耳元で囁かれたが、ほぼ同時に貫かれて、意味までは分からなかった。
「ああーーーっ!!」
挿入と同時に達してしまい、揺さぶられる度に首を振るだけで精一杯の私は、仕事始めに遅刻ギリギリで駆け込むなどという失態とともに、新年をスタートさせた。
そして一週間。
「HAPPY WEDDING!」
玄関を開けるなり、近所迷惑この上ないハイテンションな大声で言われた。
『これから行きます』という短いメッセージの後に、うさぎが車になっている絵文字。
ちょうど指輪を受け取りに出ていた私たちは、足早にマンションに帰った。
街をブラブラして、食事をして帰るつもりだったのに台無しだ。
けれど、彪は文句を言わなかった。
「ありがとう。あ、明けましておめでとう」
私はお祝いのお礼と新年の挨拶を言った。
「あれ? ラブラブ新婚さんなのに、いつも通りのテンション? もっと幸せオーラに満ち溢れてると思ったのに」と、唇を尖らせる。
「いきなり来て、不満を漏らすな」
「はぁい」
倫太朗は大きな箱を抱えていた。
大きくて平たい木箱。
「なに? これ」
「結婚祝い」
中身がなにか、全く想像もつかない。
倫太朗はリビングのラグの上に木箱を置いた。
「コーヒーでいい?」
「ううん、いらない。それより、椿ちゃん、これ開けて」
「え?」
私と彪は顔を見合わせ、箱の前に座る。
そして、言われるがままに、私は箱を開けた。
「着物……?」
白い和紙が見えて、そう思った。
蓋を置き、和紙を開く。
「これ……」
どうして忘れていたのかも覚えていない。が、包まれていたのは、私の成人式に祖母が買ってくれた碧い振袖。
「この着物を着て三人で写真を撮った後、預かったんだ」
「預かる? 頼まれたの?」
「そう」
「そういや、今更だけど、椿の祖母ちゃんが亡くなったのって椿の誕生日なんだろ? なら、あの写真はいつ撮ったんだ?」
彪が聞いた。
写真を見ただけならば、成人式のものだと思うだろう。
「あれは、祖母が亡くなる三か月くらい前の写真なんです。家を取り壊す前、祖母が外泊できた時に」
「そ。で、その時に頼まれたんだ。この着物だけは椿ちゃんの手元に残してやりたいけど、アパート暮らしじゃ邪魔だろうから、俺に持っていてほしいって。それから、成人式には着れなくても、椿ちゃんが結婚する時には持たせて欲しいって」
本当に、どうして忘れていたのだろう。
あの写真を撮った一週間後、私はアパートに引っ越し、家は取り壊された。
引っ越しの荷物の中に着物がなかったことに、全く気がつかなかった。
違う――!