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柚乃は俺の手を外した後、にやりとした笑みを浮かべた。
「ねぇ、碧斗。私を詩乃だと思って、告白の練習でもしてみる?」
柚乃の突拍子のない提案に俺は呆れた。
「くだらない。練習なんか必要ないよ」
「まぁまぁ、そう言わずにさ」
柚乃はにっと笑いながら、俺の隣にすとんと腰を下ろした。詩乃と同じように前髪で額を隠し、恥ずかしそうな顔をして微笑んだ。
その姿も笑い方も詩乃そのもので、目の前にいるのは本人ではないと分かっているのに、どきっとしてしまう。
「ほら、詩乃だと思って言ってみて。好きだ、って」
「や、やめろよ。悪趣味だ」
俺は柚乃からぷいっと視線を外し、横を向いた。
「なんでよ。別にただの練習だよ?」
「そういう大事な言葉は、簡単に口には出さないもんなんだよ。しかも、他人を練習台にするなんて、あり得ない」
「じゃあさ。私、さり気なく、詩乃に気持ちを聞いてみようか」
俺は柚乃をにらむ。
「絶対に余計なことはするなよ」
「そんなに怖い顔しないでよ。悪かったわ。ごめん」
俺の険しい表情を見て、さすがにからかいすぎたと思ったのか、柚乃は素直に謝った。
「でもね」
前髪を元通りに戻してから、柚乃は真顔で続ける。
「一応忠告しておいてあげるけど、詩乃って結構モテるのよ。中高時代には、私に探りを入れて来た男子がいたこともあったしね。だけど、詩乃は恋愛に消極的な所があるみたいで、今までは誰とも付き合ったことはなかった。詩乃が女子大に通っていることで、あんたは安心しているのかもしれないけど、それは詩乃に出会いがないっていう意味とは全然違うからね。トンビに油揚げなんてことにならないように、気を付けた方がいいよ」
「わ、分かってるよ」
結構モテる、の一言に心をざわめかせながら、俺は柚乃に念を押す。
「いいか、柚乃。絶対に詩乃には変なこと言うなよ。約束だぞ。その時が来たら自分で言うんだからさ」
「分かってるってば。だから、頑張って」
柚乃は俺の肩を軽くたたき、ソファから立ち上がった。
「私、詩乃を呼んでくる。碧斗が持って来てくれたロールケーキ、皆で食べよう」
その時、キッチン側のドアがそうっと開き、詩乃が静かに入って来た。俺と柚乃の視線に気づき、にこりと微笑む。
「飲み物がほしいな、と思って。勉強の邪魔にならないよう、急いで出てくから」
「全然邪魔じゃないよ。むしろ邪魔なのは、私の方で」
「お、おい、柚乃っ」
俺は慌てた。すぐさま柚乃の口を塞ぎたくなる。
あまり申し訳なさそうには思えない言い方で、柚乃は「ごめん」と小声で俺に謝った後、詩乃のいるキッチンへと向かって行った。
「今、詩乃を呼びに行こうと思ってたんだ。一緒にロールケーキ、食べようよ」
詩乃は小首を傾げて柚乃に訊ねる。
「勉強はもう終わったの?」
「え?あぁ、うん。勉強っていうか、レポートの書き方ね」
詩乃に問われて、柚乃は一瞬うろたえた表情を見せた。けれど、すぐさま整えた顔に笑みを乗せる。
「碧斗のおかげで早く解決したんだ。だから、もう、おやつにしようかなと思ってね」
「二人ともさすがだね」
詩乃は感心したように目を見開いた。
二人の会話に耳を傾けていた俺は、もしやと思った。柚乃がレポートを見てほしいと言ったのは、例えば俺に詩乃との時間を作ってあげようとでも思ったのか、そのための口実だったのかもしれない。そう言えば、こういうことは今までにもあった。柚乃に誘われたり、呼び出されたりして出向いたそこには、必ずと言っていいほど詩乃もいた。
柚乃は、ふと思い出したように詩乃に訊ねる。
「ところで、膝の怪我は大丈夫だった?」
「全然問題なかったよ。少しひりひりするけど、これくらいの傷、すぐに治るでしょ」
「そっか。たいしたことなくて良かったよ。じゃあさ、私はロールケーキを出すから、詩乃は紅茶でも淹れてくれない?」
「うん、分かった」
詩乃は素直に頷き、柚乃の言葉に従った。
キッチンの向こうから二人の会話が聞こえてくる。スイーツの話で盛り上がっているようだ。
俺は詩乃の様子をうかがった。あのアクシデントの後で、彼女が今、俺のことをどう思っているのかが気になって、まったく落ち着かない。
「碧斗、手伝って」
「あ、あぁ」
柚乃に呼ばれて、俺はのっそりと立ち上がった。キッチンとダイニングを分けるカウンターに向かおうとした時、詩乃と目が合ってどきりとする。
俺を見る彼女の顔には、いつもと変わらない微笑みが浮かんでいた。
そのことに心底ほっとした。例のアクシデントをきっかけに、詩乃が俺に対して何かしらの壁を作った感じはしない。
いや、壁を作っているのは俺の方かと、柚乃の指摘を思い出して苦々しい気持ちになる。
この壁の取り除き方は知っている。けれど、そう簡単にはいかない。なぜなら詩乃は、俺のことを単なる幼なじみとしか思っていない。柚乃からは、頑張れとカツを入れられたが、いったいどう頑張ればいいのか、なかなかに難しい問題なのだ。
「碧斗、これ、そっちに持っていって。あ、お茶も」
「分かった」
ケーキを乗せた皿とティーカップをダイニングテーブルに運びながら、俺は双子たちに気づかれないようにこっそりとため息をついた。
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