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朝の教室は、異様に明るかった。光が痛い。
蛍光灯の白が、皮膚に触れるだけで刺すように感じる。
椅子に座るだけで、腹の奥が波打つ。
制服の下に残った青黒い痣が、布の摩擦でじくじくと疼いていた。
息を吐くたびに、昨夜の音が思い出される。
壁に打ちつけられた背中の感覚。
晃司の声。
そして沙耶香の冷静な「明日ね」。
「おはよう、遥」
声が降ってくる。
蓮司だった。
いつも通りの笑顔。
声も表情も完璧に整っている。
「昨日、来なかったな」
「……来たよ」
遥の声は小さかった。
乾いた喉から押し出すようにして、ようやく出た。
蓮司は少し笑った。
「そうか。じゃあ、見えなかっただけかもな」
そう言いながら、机に手を置く。
その仕草が妙に静かで、
まるで、傷の位置を確認するようだった。
「……痛い?」
唐突にそう言われて、遥は一瞬だけ顔を上げた。
蓮司の声はやさしかった。
だからこそ、逃げられなかった。
「痛い、って言っていいか分かんない」
「どうして」
「言ったら、また誰かが、理由を聞くから」
蓮司の目が細くなる。
それは笑みでも、哀れみでもなかった。
ただ、観察する目。
「……なるほど。まだ、よく分かってないんだな」
「分かってる」
声が震える。
「壊れないようにしてるだけ」
蓮司は、ゆっくりと頷いた。
「壊れないように、ね。いい言葉だ」
少し間をおいて、机の上に置いた手でペンを転がした。
コト、と小さく音がした。
「今日も、来るんだよな」
「……うん」
「偉いな。お前がいないと、始まらないから」
その言葉は、昨日と同じだった。
けれど今日は、少し違う響きで胸に沈む。
“命令”ではなく、“確認”のように。
遥は小さく笑った。
「……知ってる。
俺がいなくなったら、困るんだろ」
「困るよ」
蓮司は穏やかに言った。
「お前がいないと、誰も自分を見なくなるから」
沈黙。
外のチャイムが鳴る。
ざわめく声の中で、蓮司の手がゆっくりと離れる。
その瞬間、遥は小さく息を吸い、
喉の奥でかすかに呟いた。
「……痛いって言ったら、楽になるのかな」
蓮司は微かに笑った。
「楽にはならない。でも、続けられる」
遥は視線を落とし、指先を握りしめた。
もう痛みの意味が分からない。
けれど、“それでも続く”という言葉だけが、
奇妙に現実味を持って胸に残った。
チャイムが止まり、授業が始まる。
そのとき、
遥の腹の奥で、昨夜の鈍い痛みが静かに熱を放った。
──まだ、生きている。
その確かさだけが、唯一の証だった。