テラーノベル
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天幕の中に通された十人の特使との和平交渉は、思いのほか長引いていた。
モンゴリア側の使者が次々と条件を口にする。
兵を退くこと。
互いの領域を侵さぬこと。
そして、この地よりモンゴリア軍が撤退するための道を保証すること。
セヴェリウスは、それらを黙って聞いていた。
一言も発さない。
ただ、使者たちの顔を順に眺めながら、頭の中で考え続けていた。
――交渉を長引かせようとしているのではないか。
モンゴリア軍は二万。
決して少ない数ではない。
だが、ヴァンガルド帝国そのものを相手にするには、あまりにも少なすぎる。
後続の軍を待っているのか。
あるいは――。
帝国領の奥深くまで進みすぎたことを悟り、本当に帰ろうとしているのか。
判断がつかない。
皇帝は、ちらりとユーリーを見た。
若いキプチャンの王子は、先ほどから苛立ちを隠そうともしていなかった。
「信用してはなりません」
使者が何かを口にするたび、ユーリーはそれを打ち消すように言葉を挟んだ。
「奴らは我が父にも同じことを言ったのです」
「和平など最初から考えてはいない」
「信じれば、必ず裏切られます」
その声音には、憎悪すら滲んでいた。
皇帝は黙って聞いていた。
――さて。
どちらの言い分が正しいのやら。
その時だった。
使者の一人が、不自然に腕を動かした。
ほんの一瞬。
衣の中へ何かを滑り込ませる。
セヴェリウスの目が細くなった。
「おい」
天幕の空気が止まった。
使者が顔を上げる。
「その方」
セヴェリウスは低い声で言った。
「今、何を隠した」
使者の表情が、わずかに強張った。
「何のことでございましょう」
「取り押さえろ」
兵たちが一斉に動いた。
「待て!」
使者が立ち上がろうとした瞬間、両腕をつかまれ、地面へねじ伏せられる。
「調べろ」
衣服が荒々しく探られた。
そして――。
一枚の紙が取り出された。
広げられる。
セヴェリウスの顔から、表情が消えた。
帝都の城塞図だった。
城壁。
門。
塔。
兵舎。
城内の道。
それらが細かく書き込まれている。
「……貴様」
セヴェリウスの声が震えた。
使者は何も答えなかった。
その沈黙が、かえって彼の怒りに火をつけた。
「やはり、そういうことか!」
剣が抜かれる。
次の瞬間。
一閃。
取り押さえられていた使者の首が飛んだ。
「殿下!」
残る九人が一斉に立ち上がった。
「逃がすな!」
怒号が響く。
使者たちは天幕の出口へ殺到した。
だが、すでに兵たちが取り囲んでいる。
剣が振り下ろされた。
一人。
二人。
三人。
叫び声が上がり、血飛沫が天幕を赤く染める。
最後の一人が外へ飛び出したところで、背中から槍に貫かれた。
静寂が訪れた。
十人。
全員が死んでいた。
セヴェリウスは荒い息を吐きながら、城塞図を見下ろした。
「やられた……」
拳を握る。
「すでに帝都内へ奴らの手の者が入り込んでいる」
すぐさま命令が飛んだ。
「全軍、城内へ戻れ!」
「門を閉じろ!」
「城内を洗え!」
天幕の外が一気に慌ただしくなる。
ヴァンガルド軍は野営地を引き払い、帝都の城内へ次々と戻っていった。
やがて――。
十人の特使の首が、城壁に吊るされた。
敵陣からも見えるよう、高々と。
城壁の上に立った皇帝セヴェリウスは、眼下に広がるモンゴリア軍を睨みつけた。
そして剣を抜いた。
「聞け、モンゴリアの蛮族ども!」
声が城壁から大地へ響き渡る。
「我がヴァンガルド帝国は卑しき蛮族の下には立たぬ」
背後でヴァンガルド兵たちが剣を掲げた。
「和平など二度と口にするな!」
皇帝は剣先を敵陣へ向けた。
「かかってくるがいい!」
歓声が城壁を揺らした。
その光景を――。
遠く離れた丘の上から、一人の男が眺めていた。
スブタイだった。
城壁には十の首。
城門は固く閉ざされている。
兵たちが慌ただしく配置につくのも見える。
「ほらね」
スブタイは満足そうだった。
傍らにいたジュベが眉をひそめる。
「何がだ?」
「十人とも殺された」
「……それがどうした」
ジュベには分からない。
使者を十人も失ったのだ。
交渉も決裂した。
どう考えても失敗にしか見えない。
だが、スブタイは城壁を眺めながら笑っていた。
遠く、キエフの城壁には十の首が吊るされている。
「これでもう、ヴァンガルドは引けない」
「……?」
「兵の前で宣言してしまったんだ。開戦を」
スブタイは指を一本立てた。
「逃げれば臆病者」
二本目。
「もう和平を求めることすらできず、」
三本目。
「籠城すれば、略奪の許可を得たようなもの」
そして最後に、城壁を指した。
「出てくれば――」
そこでスブタイは笑った。
「狩れる」
ジュベはしばらく黙っていた。
やがて、城壁に吊るされた十人の首を見上げる。
「……お前、最初から殺されるつもりで送ったのか?」
「まさか」
スブタイは平然と答えた。
「生きて帰れば、それはそれで役に立ったよ」
「…………」
「どちらでもよかったんだ」
アドラル皇国
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寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
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コメント
1件
一気に引き込まれました…!十人の使者が♡♡♡れるまでの緊迫感がすごくて、息を止めて読んでました。特にスブタイの「どちらでもよかった」の台詞、ゾッとしましたね。全てが計算通りだったというのが怖くて、でも妙に納得してしまう。ユーリーの憎しみとセヴェリウスの焦りもよく描かれていて、対比が鮮やかでした。今回も面白かったです!次話も楽しみにしてます🤍