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「さて、やるか」
スブタイはそう言うと、隣にいたジュベを手招きした。
耳元で、何事かを囁く。
ジュベは一瞬目を丸くしたが、やがて楽しそうに笑った。
「なるほどな」
「ああ。それと――悪いが、あの金は使う」
「構わん」
ジュベは肩をすくめた。
「どうせ俺には使い道がない」
数日後。
「撤退を始めただと?」
セヴェリウスは報告に眉をひそめた。
「はっ。敵軍の大半はすでに東方へ移動しております。」
「現在、視界に確認できるのは、見張りと思われる三部隊のみ」
「罠であろう」
皇帝は即座に断言した。
「警戒を怠るな」
だが、その言葉に南部最大の領主ムスチラフ大公が口を開いた。
「皇帝陛下」
「なんだ」
「敵がどこに潜んでいるのか分からぬのであれば――」
ムスチラフは城壁の向こうを見た。
「炙り出せばよろしいのでは?」
出撃の許可を求めたのである。
セヴェリウスもまた、敵の実力を測りかねていた。
しばし考えた末、許可を与えた。
結果は、あまりにもあっけなかった。
ムスチラフ軍が城外へ出ると、
モンゴリア軍の三部隊はわずかな抵抗を見せただけで崩れた。
追撃するほどのこともない。
ムスチラフは兵をまとめ、その日のうちに城へ戻った。
そして再び皇帝の前へ立った。
「陛下。やはり敵は疲弊しているものと思われます」
「……なぜそう思う」
「ここまでの侵攻が、あまりにも速すぎました」
ムスチラフは地図の上を指でなぞった。
「グルジアルからキプチャン高原、
そしてここまで。敵はほとんど休まず進軍しております」
その指が東へ動く。
「おそらく先行部隊と本軍との距離が、想像以上に開いているのでしょう」
セヴェリウスの目が細くなった。
「つまり撤退したのは……」
「本軍と合流するためかと」
ムスチラフは頷いた。
「ならば、合流される前に叩くべきです」
アドラル皇国
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#日常
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
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沈黙が落ちた。
やがてセヴェリウスが呟いた。
「各個撃破か……」
それは戦場における基本だった。
分かれた敵を、一つずつ潰す。
数で勝る側ならば、なおさらである。
「よし」
セヴェリウスは決断した。
「出撃を許可する」
そして念を押した。
「ただし儂はここに残る。全軍を動かすことはせぬ。警戒は継続する」
「御意」
去っていくムスチラフの背を見ながら、セヴェリウスは考えていた。
――ムスチラフも慎重な男だ。
――容易く罠には掛かるまい。
判断は間違っていなかった。
各個撃破。
古来より繰り返されてきた、戦争の基本である。
だが――。
その基本には、一つだけ前提がある。
敵が、本当に分かれていれば。
情報と機動力。
その二つを握った男の前では、
戦争の常識など、いとも簡単に罠へと姿を変える
出撃する軍は、主に南部諸侯の兵によって編成された。
彼らの領地は、ここまでモンゴリア軍が荒らしてきた地域と重なっている。
地理にも明るく、何より敵への恨みも深い。
指揮官はムスチラフ大公。
副官にはダニール公爵。
さらに、キプチャンから逃れてきたユーリーをはじめ、
南部諸侯が次々と参加を申し出た。
編成は驚くほど速く進んだ。
最終的に集まった兵は、四万余。
一方、北部諸侯の軍は帝都に残された。
警戒範囲をさらに広げ、セヴェリウス自らがその指揮を執る。
皇帝としては、敵を追う軍と帝都を守る軍を分けたつもりだった。
どちらに敵が現れても対応できる。
万全の布陣――
少なくとも、セヴェリウスにはそう見えていた。
「私を先鋒にしてください」
「奴らの戦い方は知っています」
父を殺されたユーリーは先鋒を願い出た
ムスチラフは許可した
追撃が始まった
### 一日目
「何だ、あれは」
「敵が落としていった金のようです。兵が拾っております」
「馬鹿者! 罠だと気づかんのか!」
「ですが、敵影はどこにも……」
「だから怪しいのだ。拾わせるな」
### 二日目
「大公、ようやく敵を確認しました」
「数は?」
「数百騎。こちらを見るなり逃げ始めました」
「よし、追うぞ」
「深追いは?」
「まだするな。様子を見る」
### 三日目
「敵が野営を始めております」
「距離は?」
「一刻ほどかと」
「ならば追うぞ」
「こちらも疲れておりますが」
「敵を休ませる方がまずい」
### 四日目
「敵の後衛を破りました」
「損害は?」
「ほとんどありません」
「……妙に脆いな」
「疲弊しているのでしょう」
「そうであればよいが」
### 五日目
「また荷車を捨てています」
「食料や金もか」
「かなり急いでいるようですな」
「……本軍との合流を急いでいるのかもしれん」
「ならば、その前に叩くべきです」
### 六日目
「今度は数千おります!」
「攻めるぞ」
「敵、退却を始めました!」
「追え!」
「もはや敗走ですな」
「……そう見える」
### 七日目
「本隊を確認しました。半日ほど先です」
「ついに追いついたか」
「ですが、また逃げ始めました」
「構わん。追う」
「兵の疲労が目立ちます」
「あと少しだ」
### 八日目
「敵陣です。焚き火が見えます」
「今度こそ逃がすな」
「……大公」
「どうした」
「もぬけの殻です」
「またか」
「追いますか?」
「ここまで来たのだ。明日、決着をつける」
### 九日目
「大公」
「どうした、ダニール」
「敵が……止まりました」
「止まった?」
「二万。全軍が戦列を組み、こちらを待っております」
「……」
「大公」
「ああ」
ムスチラフは、ようやく理解した。
「我々が追っていたのではない」
「……はい」
「奴らに、ここまで連れてこられたのだ」
コメント
1件
第7話、読み終えました…!「追っていたのではない、連れてこられたのだ」というムスチラフの気づきの瞬間、ゾッとしました。各日の日記形式がテンポよくて、じわじわと罠に嵌っていく感覚がすごく伝わってきました。スブタイの情報と機動力の使い方、恐ろしいほど鮮やかですね。ユーリーの復讐心が先鋒志願に出ているのも切なかった…。次が気になります!