一方日曜日の午後、正輝は一流ホテルのラウンジで莉乃と会っていた。
正輝は副支店長の優弥や得意先課長から徳田税理士事務所の改ざんの件を聞き、その後すぐに早乙女家具へ行った。
正輝が副社長である郁人を問い詰めても郁人は改ざんを指示した事実を認めなかった。だから銀行側としてもそれ以上の責任追及は出来ない。しかし改ざんが発覚した事で銀行からの追加融資はなくなる旨をはっきりと伝えた。
すると郁人は激高した。
「話が違うじゃないか、どうしてくれるんですか! 全ては森田さん、担当であるあなたの責任ですよ。あなたが気付いてきちんと修正さえしてくれればこんな事にはならなかったんだ! 追加融資がなくなればうちは潰れるかもしれないんですよ? 一体どうしてくれるんですか? それにもしそんな事になったら森田さんと莉乃の結婚はなかった事にしますから……」
(どうして? なぜこんな事に?)
正輝は愕然とする。しかし今の正輝にはどうする事も出来なかった。
早乙女家具を出た正輝は真っ先に莉乃に連絡を入れた。会って話がしたいとメッセージを送ると翌日返事が来た。
そして今二人はここで向かい合っている。
莉乃はいつものように一流カフェのラウンジを指定してきた。
今この店では季節限定のモンブランケーキが食べられるので莉乃はこれが目当てなのだろう。
莉乃が食べているケーキはコーヒーがついて4000円近くもする。正輝はその値段を知り思わずため息をついた。
(杏樹と付き合っていた時は夕食2人分で3000円もしなかったのに……一体何なんだこの差は)
正輝は目の前でモンブランを頬張る莉乃を見ながら複雑な気持ちでいっぱいだった。
莉乃と交際を始めてから正輝の貯金はものすごいスピードで減っている。そして今では預金残高を見る度に大きなため息が出る。
「莉乃、電話で話した事なんだけど」
「えっと、なんだったかしら?」
「うちの銀行から融資が下りなかったとしても俺達の付き合いは今まで通りだよな?」
莉乃はその言葉にきょとんとした。
「え? 私言ってなかったかしら?」
「何を?」
「私、あなたとのお付き合いはやめる事にしたって」
「え? どういう事? 俺と別れるって言うのか?」
「そう。ちょうどいい機会だし」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! 俺の事好きって言ったよな? あれは嘘だったのか?」
「ああ、あれ? フフッ、ごめんなさい。あの時はそう思ってたかもしれないけれど勘違いだったみたい」
莉乃はケーキを食べ終えるとフォークを置いてコーヒーを一口飲んだ。
「かっ勘違いって……どういう意味? ちゃんと説明してくれよ」
「うーん…最初は合うかなぁーって思ったけれどやっぱり違うかなーって。付き合っていくうちに段々そう思えてきたの。莉乃ね、やっぱりセックスの相性が合わないと駄目みたい。正輝さんとだと満足出来ないみたいなの。だからごめんなさいね」
「ハッ? でも初めての時莉乃は言ったよな? 俺とは身体の相性が最高だって…」
「フフッ、あれは単なるリップサービスよ」
「ハァッ? なっ、なんでそんな…」
「そんなに怒らなくてもいいじゃない。それにあんまり大声を出さないで、みんなが見て恥ずかしいわ」
正輝が周りを見ると近くにいる客達が怪訝な顔でこちらを見ている。
「折角だからもう一つ教えてあげるわ。私ね、ボーイフレンドは沢山いるの。だから正輝さんと別れても特に問題はないのよ」
「ハァッ?」
「しょうがないじゃない、あなたが役立たずなんですもん。追加融資の件は駄目になっちゃうし副支店長さんへの口利きもしてくれない。おまけに独占欲は強いくせに私を喜ばすようなデートへは一度も連れて行ってくれなかったじゃない。プレゼントだっておねだりしないと買ってくれないし。それにアッチの方もね…正直あんまり上手じゃないし…」
そこで莉乃はクスクスと笑う。
「り、莉乃……お前っ……俺を騙したのか? 俺と付き合ったのは全て金の為だったのか? 銀行からの融資が目的だったのか?」
「当たり前じゃないっ。こっちは身体まで投げ打って散々尽くしたのにハァッ? 追加融資は出来ませんですって? そっちこそふざけんじゃないわよっ! あんたなんかと寝て損したわ、ばっかみたいっ!」
莉乃の蔑むような言葉に正輝は手をギュッと握るとわなわなと震わせる。
「フフンッ、まさかこんな場所で女に手を挙げないでしょうね…そんな事をしたらすぐに警察が来るわよ」
「おっ、お前って女は…」
そこでテーブルの上に置いてあった莉乃の携帯がブルブルと震えた。莉乃はすぐに携帯を見てから正輝にこう言った。
「ボーイフレンドが迎えに来てくれたみたいだから私行くわね。彼は商社に勤めていてお金持ちで最高なの。最近車を買い替えたからこれからドライブに連れて行ってくれるんですって。あっと…そうそう最後に一つ言っておくわ。今後は私に連絡したりつきまとったりしないでね。もしそんな事をすればストーカー被害で訴えるからそのつもりでよろしく。じゃあお元気でね!」
莉乃はツンとすました顔で言い放つと、席を立ってその場を後にした。
正輝はしばらく呆然としていたが急にハッとして立ち上がる。そして莉乃に向かって大声で叫んだ。
「俺が買ってやったシャルルのバッグとティファリーの指輪を返せっ!!!」
その大声に驚いたラウンジ内の客達が一斉に正輝を見る。
莉乃も足を止めて正輝を振り返った。そして正輝の目を睨んで言う。
「馬鹿なの? 一度貰った物を女が返すわけないじゃない。あなたって本当にケチな男ね」
莉乃は冷ややかな笑みを浮かべるとくるりと踵を返して歩いて行った。
その時正輝の周の客達が一斉にヒソヒソと話し始める。
『やぁねぇ、一度女性にあげたものを返せですって』
『最低! そんなせこい男なら振って正解じゃない?』
『あり得ないーっ、なにアレ、まるで痛いドラマ見てるみたい』
『エリちゃん、あなたはああいうケチな男にひっかかっちゃ駄目よ』
嫌でも正輝に対する批判が耳に入ってきた。
その場に居辛くなった正輝は慌てて会計伝票後握ると会計へ向かう。そしてすぐに莉乃の後を追った。
ラウンジの外へ出るとホテルを出ようとしている莉乃を見つけた。正輝は慌てて莉乃を追いかける。
ホテルを出た莉乃は急に早足になると誰かに手を振っていた。
莉乃が向かった先にはピカピカの高級外車が停まっている。そして車の外には男が立っていた。
(あ、あいつが商社に勤めているボーイフレンドか?)
その男は確かに金持ちそうだが莉乃とはかなり歳が離れているように見えた。
おそらく50代半ばくらいだろうか? どう見ても莉乃の父親くらいの年齢だった。
(まさか愛人? パパ活?)
正輝はそう思う。
莉乃は男の傍まで駆け寄ると男の首に腕を回して思い切り抱きついた。男は甘える莉乃を抱き締めた後両手で莉乃の尻をまさぐり始める。
(ハァッ? あれはどう見ても不倫だろう? あの女は今まで猫を被って俺を騙していたのか?)
正輝はあまりのショックによろめきながら右手を額に当てる。
そんな正輝をよそに、二人が乗った高級外車はブロロローンというパワーのあるエンジン音を出し走り去って行った。
コメント
35件
まぁどっちもどっちだったんだもん。 仕方ないよね。 正輝さんだって損得勘定で杏樹ちゃんを捨てて莉乃さんに乗り換えたんだもんね?
最低な正輝…杏樹さん別れて正解だったわ😌
コレって 杏樹ちゃんに絶対何かするよね?優矢島勇介さん守ってねー(ㅅ´ ˘ `)