次の日、杏樹はいつものよう閉店後の勘定を合わせた後、検査に向けて伝票のチェックをしていた。
最近勘定が早く合った日は皆でこうして伝票に不備がないかを調べる日が続いていた。
検査部のチェックは重箱の隅をつつくような細かい部分も見られるので気が抜けない。
「美奈子先輩、次は一昨年の普通預金の伝票をチェックしますか?」
「あ、うん…あとさ、念の為定期預金の伝票も持って来て。定期は後方が見てくれていると思うけど念の為にチェックしたいんだ」
「了解です」
杏樹は伝票を取りに金庫室へ向かった。
金庫室は1階の支店長席の後ろにある。金庫室のドアは二重になっていて片方の扉は大きなハンドルがついていて扉も分厚い。
室内は広い部屋のようになっていて一番奥には鍵のかかる鉄格子があり鉄格子の向こうには内部金庫があった。
その内部金庫に現金を保管するようになっているが、昨今支店には大量の現金を置くことはほとんどないので真新しい小切手帳や債券類の証書が保管されているのみだ。
手前の広いスペースにはいくつもの棚が置かれ過去の取引伝票が保管されている。
杏樹は一番奥の棚まで行くと一昨年の伝票を探し始めた。伝票は10年分を保管してあるので探すのに一苦労だ。
「えっと一昨年の定期預金と普通預金伝票っと……」
棚をざっと見た所見当たらないので伝票は段ボールの中に入っているのだろうか?
その時少し開いている扉から誰かが入ってくるのが見えた。
閉店後、金庫の扉は開けたままで社員は自由に出入り出来るので杏樹は特に気にする様子もなく作業を続ける。
(あ、定期の伝票はこれだ……あとは普通預金の伝票……多分段ボールの中かな?)
杏樹が棚の上にある段ボールに手を伸ばした時、横からスッと手が伸びてきて段ボールを傍にある机の上に下ろしてくれた。
「ありがとうございます」
杏樹は礼を言いながら箱を降ろしてくれた人を振り返る。するとそこに正輝がいたので驚いた。
「どういたしまして」
正輝はニッコリと微笑んだ。その笑顔は出会った頃の正輝の笑顔そのものだった。
(なんでここに?)
得意先課も過去の伝票を調べる事はよくあるので金庫内に正輝がいても不思議ではない。
しかしよりによって杏樹がいる時に来るとは。
杏樹は正輝を見ないようにしながら少し緊張気味に段ボールの蓋を開けた。そして探し物に集中する。
しかし正輝は一向にそこから立ち去る気配がない。
(一体なんなの? 早くいなくなって欲しいのに…)
そこで正輝が口を開いた。
「今日さ……帰りにちょっと食事でもしない? 色々話したい事があるんだ」
突然の誘いに杏樹はギョッとする。
別れた男女が今更話をしてどうなるのだろう? そう思った杏樹はきっぱりと言った。
「私は話す事なんてありません。もし何かあるなら今ここでどうぞ」
よそよそしい杏樹の態度を見て正輝は苦笑いをする。
「随分冷たいんだな。昔はそんなじゃなかったのに」
それを聞いた杏樹はカチンときた。
(ハァッ? 別れた恋人…それも振られた相手にお愛想するほど私は能天気じゃないですよーだ)
杏樹は心の中で思い切り毒づく。しかしその後すぐに笑いがこみ上げてきた。
(私っていつからこんな性格になったの? フフッ、今なら正輝さんになんでも言い返せそう)
「恋人が出来たんだって? 俺と別れたあと随分と早く彼氏が出来たんだな。そいつは一体どこの誰なんだ?」
そこで杏樹はまたカチンとくる。
(どこの誰だっていいじゃない。元彼にそんな事まで報告する義務なんてはないはずよ)
そう思った杏樹は澄ましてこう答えた。
「どこの誰かは内緒だけど、とっても素敵な人よ」
それは紛れもない真実だった。杏樹が今交際している相手は誰よりもイケメンで誰よりも杏樹に甘々でおまけにエリートだ。
杏樹は優弥の事を思い出し思わず顔がにやけてしまう。
それに気付いた正輝は忌々しそうに言った。
「随分その男に惚れ込んでいるようだな」
「そうよ。素敵過ぎて私には勿体ないくらいの人なの」
杏樹は自分を振った相手にきっぱりと言い返せる自分に感動していた。
以前の杏樹だったら正輝に対しこんなに堂々と振る舞えただろうか?
『愛は人を強くする』
杏樹の頭にはそんな言葉が過った。
その時突然正輝が杏樹を背後から抱き締めた。杏樹はびっくりしてパニックになる。
「やっ、やめてっ、離してよっ」
「いいじゃないか、俺達はついこの間まで付き合ってたんだろう? 俺は杏樹のあそこの匂いや喘ぎ声まで全部知ってるんだ。それを思い出したらムラムラしてくるぜ」
「いやっ、触らないでっ……卑怯よ、こんな所で……」
杏樹は激しく抵抗するが棚と机に挟まれた形で正輝に身体を押し付けられているので全く身動きが取れない。
すると正輝は杏樹の制服のスカートを捲り上げストッキングの中へ手を入れてきた。そして更にその手は下着の中に入り込み芯を捉える。
(嘘っ、ま、まさかこんな所で? 何を考えているのっ?)
金庫の扉の隙間からは業務フロアにいる同僚達の和やかな団欒の声が響いてくる。
しかし今ここで正輝に襲われている杏樹には誰も気づいていない。
その時正輝の右手が杏樹の秘部から一旦離れたので杏樹はホッとしたがそれは勘違いだったとその後気付いた。
正輝は杏樹の下着から引き抜いた手を自分のスラックスのファスナーへ持って行ったのだ。
(えっ?)
杏樹の全身が硬直する。
とても信じられない事だったが正輝は今ここで杏樹を犯そうとしているのだ。
杏樹は野獣と化した元恋人からなんとか逃れようと必死にもがく。しかしもがけばもがくほど正輝の身体にも力が入る。
そして杏樹はとうとう全く身動きの取れない位置へ身体を押し付けられてしまった。
ファスナーを下ろした正輝は杏樹のスカートをさらに捲り上げるとストッキングと下着を力を込めて引き下ろす。
その途端室内の冷気が杏樹の肌に直接触れた。
今ここで叫んだら気付いてもらえるかもしれない。
しかしこのあられもない姿を見られてしまう。そして杏樹が正輝と交際していた事もバレてしまうだろう。
しかしこのまま黙っていたら自分は正輝に犯される。杏樹を一気に恐怖心が襲う。
以前交際していた相手とはいえ、正輝が今しようとしている事はレイプでりっぱな犯罪だ。
杏樹は覚悟を決めて大声を出そう身体中に力を込めた。しかしそれを察知した正輝の左手が無情にも杏樹の口を塞いだ。
そして正輝は杏樹の耳元でこう囁いた。
「ここだと興奮するだろう? すぐに終わるからおとなしくしてろ…」
(た…..すけて………)
杏樹の声は正輝の左手の中で虚しくかき消される。
正輝はかなり興奮しているのか荒い呼吸のまま右手でいきり立っている自分自身に手を添えると、杏樹の背後から柔らかな尻の中心へそれを埋めようとした。
(あ……駄目…やめ……て……)
その時突然低く鋭い声が響いた。
「こんな所で何をしている!」
聞き覚えのある声だ。それは優弥の声だった。
杏樹が正輝の肩越しに後ろを振り返ると金庫の入口には優弥、そしてその後ろには美奈子が立っていた。
そこで杏樹は一気に身体の力が抜ける。
「彼女を離しなさいっ」
その言葉にハッとした正輝は杏樹から離れると剝き出しのままの自分自身を慌てて衣服の中に収めた。
杏樹も慌ててスカートを引き下げる。
気付くと両手と両足がガクガクと震えていた。
そこで美奈子が、
「杏樹、こっちにいらっしゃい」
美奈子が差し出す手を掴もうと杏樹は美奈子の方へよろよろと歩いて行った。
優弥の脇を通る際、優弥が心配そうな視線を送ってきた事に気付く。
美奈子の手をギュッと握り締めると杏樹は途端にホッとする。
そこで優弥が美奈子に言った。
「山村さん、食堂で温かいコーヒーでも飲んで少し彼女を落ち着かせて下さい」
優弥は財布から小銭を取り出すと美奈子に渡した。
「わかりました。さ、杏樹、行こう」
杏樹はコクリと頷くと美奈子と共に金庫の出口へ向かった。
金庫の出口を出る際、美奈子が杏樹に囁いた。
「ちょっとだけ普段通りに振る舞える? みんなが心配するといけないから」
杏樹はコクリと頷くと美奈子と共に金庫室を出た。そこで美奈子がフロアにいた女子行員に言った。
「少し休憩に行って来るわ」
「行ってらっしゃい」
同僚達は金庫室内での異変には全く気づいていないようだったので杏樹はホッとした。
それから二人は食堂へ向かった。
コメント
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未遂とはいえ下地を下されたり大事なところに触られたり。 最悪じゃない!(⸝⸝⸝ᵒ̴̶̷̥́ ⌑ ᵒ̴̶̷̣̥̀⸝⸝⸝) 正輝さんはもうここにはいられないよね。
…やっぱり仕掛けてきたよね。。。 どうせ苦し紛れに杏樹に誘惑されたって言うんでしょ?( ゚д゚)、ペッ でも、金庫内に伝票類って言っても隠しカメラとかあるんじゃないかな?🍄の懲戒解雇決定(๑•̀ㅂ•́)و✧ 杏樹ちゃんのケア、優弥さん お願いいたします🙇♀️
正輝最低😡💢 優弥さんと美奈子さんが来てくれてホンマ良かった😭🍀🍀🍀