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 影に追われる──。

 あなたは、そんな体験をしたことがありますか?


 影自体が単体で動くだなんて、普通に考えたら絶対にあり得ないことですよね。私だって、そんな話は今まで一度も聞いたことがありませんでした。でも、そんな体験をしたことのある人は、意外にも少なくはないようなんです。


 私がそれを知るきっかけとなったのは、二十年来の友人であるAと久しぶりに会った時のことでした。お互いに仕事で忙しかったこともあって、Aと顔を合わせるのはこの日が2カ月ぶりのことでした。

 久しぶりに見たAの姿は随分と痩せこけ、それほど仕事が忙しいのかと心配になってしまう程でした。

 


「ねぇ、なんか凄く痩せたみたいだけど。ちゃんと食べてる?」


「あー……、やっぱ分かる? 実は最近、食欲がなくってさぁ」


「そんなに忙しいの?」


「まぁ、忙しいっちゃ忙しいけど、そこじゃないっていうか……」



 続く言葉を濁すようにして苦笑してみせたAは、ストロー片手にくるくると円を描くと、グラスに入った氷をカラカラと響かせた。そんなAの姿を見て、きっと何か悩みごとでもあるのだろうと、私は瞬時にそう理解しました。

 長年の付き合いがあるからこそ、普通なら見落としてしまいそうなその小さな仕草も、Aのことならなんとなく私には分かってしまうんです。人に頼ることが苦手なAは、なんてことない素振りを見せながらも、それに反してどこか手元の動きが活発になるところがあって、それはきっと、A自身も気付いていない癖なんだと思います。



「ねぇ、何か悩みがあるんでしょ? 私で良かったら聞くよ」

 


 そう告げると、回していたストローをピタリと止めたAは、観念したかのように大きな溜め息を吐きました。



「やっぱり、Mには隠し事はできないなぁ。……笑わないって約束してよ?」


「うん、約束する」


「私ね、影に付きまとわれてるの」


「…………え? 影?」



 予想外の言葉に口をポカンと開いたまま固まってしまった私は、さぞや間抜けな顔をしていたことでしょう。それほどに、Aから告げたれた言葉の意味が理解できなかったのです。



「え、ちょっと待って。影って、あの影のことだよね?」


「……もう、笑わないって約束したのに」


「いや、笑ってはないから。でも意味が分からなくて……。影に付き纏われてるって、どうゆうこと?」



 いじけ始めたAに向けてそう答えると、それに促されるようにして、ポツリポツリと、Aは“影”についての詳細を語り始めました。


 その話によれば、最初に違和感を感じ始めたのは二週間程前のことだったそうです。

 誰かにつけられているような気がする。そうは感じたものの、それらしき人物の姿も見当たらなかったので、最初はAもただの勘違いかと思っていたそうです。でも、それから暫くしても妙な気配が消えることはなく、ずっと誰かに後をつけられているような感覚が続いていたある日。妙な気配を感じて後ろを振り返ったAは、そこで初めて足元にある影に気付いたんだそうです。



「そりゃ気付かないよね。だって、まさか影に追われてるなんて思いもしなかったし、いちいち足元の影を気にしながら生活してる人もいないでしょ? でもね、間違いなくその“影”は意志を持って私を追いかけてくるの」



 真剣な眼差しでそう語ったAからは、決して面白半分の作り話を語っているとは思えませんでした。とはいえ、きっと疲れからくる見間違いなのだろうと、その時の私は話半分で聞いていたのです。

 だって、そんな話信じられないじゃないですか。物体もなく、影だけがそこに存在しているだなんて。少なくとも私は、今までにそんなものを見たこともなければ、聞いたこともありませんでしたから。


 それから一週間程が経った頃だったと思います。真夜中に突然、AからSOSの電話が掛かってきたのは。

 電話口から聞こえてきたその異常な程の怯えぶりに、心配になった私はすぐさまタクシーでAの自宅へと向かいました。チャイムを鳴らしても扉が開く気配はなく、勝手知ったるAの家ということもあって、私は鍵の掛かっていなかった玄関扉を開くと、Aの名を呼びながら室内へと入ったのです。




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